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【三浦半島2DAYきっぷの旅 2日目】無人の要塞、幸せの黄色い電車
目が覚めたのは6時半。寝たのは0時を過ぎていたが
ホテルのバーで飲んだジンの酔いのせいか、よく眠れたようである。
折角の朝食券を無駄にしない為にも、早速一階のバーに向かう。
ビジネスホテルは大抵バイギング形式らしい。自分で料理することが
ないせいか、自分で選ぶこの方式があまり好きではない。
横須賀という土地柄、宿泊客も外国人が多く見られる。
メニューに外国人にも合うようにスパゲッティーやフライドポテトが
あるのは少し驚いた。朝食に味噌汁を飲みながら、スパゲッティーを
食べられる場所はきっと横須賀のホテルだけような気がする。
食後のコーヒーを飲んでから部屋で少しゆっくりする。
窓から下を覗くとホテルの従業員が国旗を掲揚する作業していた。
米国の国旗を先に日本は最後・・・。私の考え過ぎだろうか?
朝食は仕方ないにしても、せめて国旗掲揚には日本の主張が欲しい。
だらだらと部屋で過ごしたせいで昨日乗るのを断念した猿島行きの
第一便には乗れなかった。次の9時半の便に乗ろうと向かったが、
これも出発が少しだけ遅かった。結局10時半の便に乗る事に。
船乗り場へ行くとすでに何人か並んでいるが、華やいでいる。
それもそのはずで、女性の団体さんがいるからだ。
それに地元のテレビ収録なのか、カメラや三脚を持ったスタッフと
モデルと思しき若い女性も一緒に乗り込むようである。
船のスタッフもライフセーバーのような逞しく若い男性ばかりだが
船内へ向かう時の若い女性と野郎では反応が違うのは本能だから
仕方ないことである。(笑)
狙ったわけではないのだが、何故か操縦席そばの席が空いていたので
もちろん「かぶりつき」を堪能させて頂く。
乗車時間は10分程。猿島に向かって真っ直ぐ進むので、前方の島が
次第に大きくなってくる。
撮影をゆっくりと楽しみたいので一番最後に下船。
この島は戦争時の要塞や弾薬庫として機能し、今はその当時の
面影を砲台跡などで伝えている。1周をゆっくりと回って1時間半。
次の便までの間に回るには丁度良い広さの島である。
この島を出る最終便は17時。その後は無人島として管理されるので
当然人は誰もいない。乗り遅れたらどうするのか。
すぐに思いつく「海の110番」こと118番に通報するのではない。
海上保安庁ではなく、ちゃんと案内の看板が出ていた。
この看板横の階段を上がった売店にある緊急警告灯のスイッチをONにしてから
看板に書かれた連絡先に連絡すると、特別便でやってくるようだ。
ただし別途料金がどれくらいなのかは不明。乗り遅れてくれるなという警告である。
観光としてこの島が公開された当時は、どこでも同じことで
落書きをされる。後述の弾薬庫として使われた内部の壁もスプレーで
落書きがされ、自己中心的な表現さえできれば、家の白い壁だろうと
貴重な歴史遺産だろうとどうでもよい輩は大半いるようだ。
普段は施錠されている弾薬庫だが、丁度作業員が鍵を開けようと
していた。中に放置されている部材などを整理しにきたらしい。
何なく撮影の許可を頂いたので、作業の邪魔にならないように撮影。
さらに奥へ続いていたら面白かったが、作業員が言った通り袋小路。
昨日の京急の青い列車といい、今日の弾薬庫内部の貴重な撮影機会と
いい、何だかラッキーが続いている。旅に出て良かったのかもしれない。
客も大半が若い女性ばかりだが、もちろん出会いはなかった(笑)
そもそも当時の要塞としての痕跡、レンガ作りの重厚なトンネル、
砲台跡を蒸し暑い中を汗を流してまで歩き回ることには関心がないと
いうご様子である。このレンガ作りのトンネルが東京の地下にあったら、
是非撮影したいものである。
11:45発の便に何とか間に合い乗り込んだが、不思議な事に先程の
女性陣の姿は見当たらない。すぐに折り返しの便で帰ったのだろうか?
それとも後から砲台跡などを見に行ったのだろうか?
または船内で見たのは幻だった可能性もある。
それはともかく、歩き回ったばかりで汗だくには進み出した船からの
吹いてくる風は心地よかった。横須賀に戻ると正午。
昼ご飯を食べに三崎口まで京急に乗るため、ホームで待つ。
横須賀中央ではウィング号以外の通過はないはずだが、行先表示機には
「通過」の表示。回送列車でも通過するのかと思っていたが、
トンネルから出て来たのは見慣れない黄色い車体。
事業用車両である。
存在は知っていたが、実車を見るのは初めてだった。
幸いにもデジカメに電池を入れたままだったので、余裕で撮影ができた。
反対側のホームでも突然の珍しい車両の登場で撮影を逃してしまった
と不意を突かれた表情をしている人が幾人かいたようである。
今回の旅は何だかラッキーな事に何度か遭遇している。
あまりこうした事が続くと何かありそうで怖い(笑)
三崎口まで乗ったのは2100形。
もう少しでそのメロディも聴けなくなるという例のインバーター。
先程の幸せの黄色い電車は逗子方面に行ったのだろうか?
どうやらこちらの三崎口方面では見かけなかったようである。
三崎口では駅のそばでマグロを販売していた店員のおばちゃんに
近くでマグロが食べられる店を訊ねるとしばらく歩いたところに
あるらしいが、本日は定休日とのこと。
三崎港まで行かないといけないようである。
三崎港方面の京急バスに乗り込む。
京急バスの指定路線のみだが、実は例のきっぷで乗り放題なのである。
これで1600円なのだから、かなりお得で使い勝手がよいのだ。
バスに揺られること15分程。
以前バスで訪れた見覚えのある風景が見えてくれば三崎港である。
バスを降りてすぐに目に着いた「マグロらーめん」のノボリ。
前からちょっと気になっていたのを思い出しのである。
危うく(?)、マグロ丼に流されるところだった。
バスから降りてそのまま直進した店の名は「港楽亭」。
店に入るとエプロン姿の女の子がいた。お世辞にも可愛くはない。
学校の体操着のままでエプロンしているところから、学校帰りに
家業の店を手伝うとは大変だなと感心しつつ、そのたどたどしい動作で
水を持ってきて注文を訊ねてくるが、かなり大人しい。
あまり早口にならないように、こちらがゆっくりと言ってあげなくては
と気を遣わないといけないほどに動作が鈍い。
が、注文の品を持ってくるのはその子ではなく、奥の厨房で切り盛り
している夫婦の奥さんと思しき人だった。
目当てのマグロらーめんはスープにマグロの味が染みている。
普段食べている醤油ラーメンとはまた違った味である。
さて、らーめんを食べていると先程の女の子は奥さんと思われる女性
から何か言われた後にエプロンをはすし、カバンを持って店を出た。
アルバイトの子かと思ってその夫婦に聞いてみると、予想しない答えが
帰って来た。何とまだ中学生で学校による研修指導で来ているそうだ。
小さな頃から職業観を身に付ける重要性を耳にする中で
最近始めたものかと思ったら、この三崎港付近を含めた三浦市や
横須賀市の一部ではもう10年ほど実施しているそうだ。
先程の鈍い子は今日と明日の2日間の予定でこの店に来るそうだ。
マグロらーめんの味よりもこの事実に驚いてしまったのだ。
それに比べると我が地元は何と呑気なのだろうかと。
これとは別にB級グルメの話の流れで、9月に高島屋でこの店が
マグロらーめんのPRとして出展することになったそうで、
その他に我が地元から「納豆うどん」なるものを出すと情報が。
単に私が知らないだけだろうか、webで調べて見たが見つからず。
高島屋の情報もまだ公式には発表されていないようである。
納豆うどん 、秦野で検索してもそれらしい情報がないのだが、
私の検索方法に問題があるのかもしれない・・・・
思わぬ情報を得られたのは運がよいのかもしれない。
再度京急バスで三崎口へ戻るが、そこでようやく気づく事実。
久里浜からフェリーで千葉の金谷へ渡るまではいいが、浜金谷から
銚子に行ってもすっかり夜であり、銚子まで行ってしまうと列車では
日帰りできないというミス。折角購入した乗車券が無駄に・・・
ご利用は計画的に・・とは某消費者ローンのCMではないけれど
私のような性格は、きちんと計画しないとダメらしい。
少し考えれば行程に無理があるのは分かるものだが、この辺のユルさは
母親譲りなのかもしれない。母親には悪いが・・(笑)
三崎口へ向かう前に一旦京急久里浜で下車したが
JR久里浜駅では往復乗車券では「ゆき」「かえり」のどちら一方の
経路を変更することはできないために一旦払い戻して貰っていた。
そこで再び買い直す際に一呼吸おけば良かったのだが、よく考えすに
浜金谷から銚子までと銚子から横浜までを購入して今に至る。
つまり、フェリーで千葉に行かずに素直に三崎口から京急で帰れば
良かったのだが、すでに遅し。フェリーに乗って千葉の金谷側に
着いてからそうした事実に気づいたからだ。700円と時間の
大いなる無駄となってしまった。銚子に行ってもまた向こうで
宿泊する必要があるが、調べた限り横須賀のような比較的安価で
宿泊できるホテルはなそうである。ホテルに拘らないなら、
民宿だったり、ペンションだったりはあるのだが、部屋にバスや
トイレが無かったり、門限が決められたり、浴衣がなかったり、
クレジットカード利用不可などそれなりにいくつかの制約がある。
フェリーは夕日を浴びながら40分かけて金谷まで運んでくれる。
乗っている間の潮風が心地よい。東京湾フェリーは今年で就航50年。
その節目に近々運航から離脱する船があるようだ。
正直どれも同じで名前だけ違うだけに感じるが、「くりはま丸」が
7月上旬で離脱する影響で2船体制による運休が生じるようだ。
7月上旬以降、乗船する人はダイヤに注意が必要である。
そんなフェリーだが、金谷には定刻で到着。
時間的にはフェリーでまた久里浜へ戻ったほうが早く帰れるが
無駄に購入した乗車券を払い戻す必要を考えると何だか面倒になり
そのまま浜金谷から千葉方面へと列車に乗ることにしたのである。
17:30発の6両編成は先頭車両の前寄りが荷物用として使われていた。
東京から千葉方面への新聞列車が無くなって久しいが、まだ荷物業務は
この内房線でも活躍しているようだ。
途中の君津で後発の特急を待ち合わせ。
自由席特急券を購入するついでに銚子から浜金谷までの乗車券も
経路変更してもらった。経路変更の作業中に特急列車は行ってしまった
ようで、結局自由席特急券もその場で払い戻してもらった。
何度も鉄道に乗っているのにこれほどの無駄な事をしてしまうのは
長距離の乗車券を購入する機会があまりないのが大きいようだ。
中距離以上は思えば、「青春18きっぷ」のような企画乗車券で
旅行している事がほとんどだったのである。
銚子から横浜まで総武線経由の乗車券がどう考えても君津から使える
わけはないのである。全くお恥ずかしい限りである・・・
自由席特急券を購入する時にこの乗車券も経路変更してもらえば
ギリギリ乗り換えようとした特急列車に乗れただろう。
これも旅をするからこその貴重な経験と思う事にしよう。
「かわいい子には旅をさせよ」の意味が身を持って理解できる瞬間だった。
結局銚子行きは断念した形だったが、新車が運行されたらまた訪れたい。
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