2009年7月18日

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客先会議は大阪で1時間ほどで終わる。
午前中から新幹線に乗って、その会議さえ終えれば
17時過ぎまで時間的には勤務時間でも、現地では
何も仕事はできないので、実質自由時間である。


行きは新幹線で飛ばしたが、今日は金曜日。
会議さえ終わってしまえば、この時間から日曜日まで
自由時間なのである。急いで帰ることもない。




行きも帰りも新幹線代が会社から交通費として支給される。
らば、帰りは新幹線ではなくて
鈍行列車でゆっくりと帰ることにしよう。

夕方16時過ぎでは、鈍行列車だけでは今日中に帰ることは
できないので、途中で宿泊することになる。
それで、前回の大阪帰りではJR東海が販売している
お得なきっぷである「名古屋・豊橋往復きっぷ」「休日乗り放題きっぷ」
で途中の名古屋に宿泊してゆっくりと帰ってきた。

今回も似たようなパターンで帰ろうと考え、
持参してきたJR時刻表を調べてみると、もう少し安いきっぷの
組み合わせがあった。それが、同じくJR東海が販売している
「青空フリーパス」である。前回よりも700円安く済むが、
「青空フリーパス」が使えるのは土休日限定であり、
フリーエリアは米原からである。そのため、大阪~米原までは
普通乗車券を購入する必要があるが、それでもこの「青空フリーパス」と
豊橋からは前回と同じ「休日乗り放題きっぷ」を組み合わせれば、
大阪~松田の乗車券が7670円のところ、6990円と680円安くなる。

新幹線代は11760円。会社に出張費を請求する際に必要な領収書は
取っておく必要があるので新幹線の乗車券・自由席特急券の払い戻し
手数料400円少しがかかるので、宿泊費に充てられるのは4300円。

今回は「青空フリーパス」で土曜日の朝に出発するため、
米原に宿泊することになる。そして米原駅周辺でビジネスホテルは1軒。
料金は6090円。約2000円は自腹することになるが、それよりも
予約なしで空き部屋があるのかが不安である。
もし空き部屋がなければ、名古屋まで移動するしかない。

青春18きっぷの旅で何度か乗り通している東海道本線だが、
思えば、時間優先で米原~大阪は新快速ばかりに乗ってきた。
ここは急がず、ちょっと時間がかかるけれど各駅に停車していく
普通で米原まで乗ってみることにした。

途中の駅でホームの端で三脚を立てて待っている人を見かける。
何か珍しい列車でも通るのだろうか。
運転席すぐ後で、前面展望を満喫していると関東の私にとっては
見慣れない国鉄色の特急車両が左側からゆっくりと追い抜いていった。
後でwebで調べてみると、「雷鳥」に使われている車両とのこと。





米原では目的のビジネスホテルが駅のすぐそばにあるはずだったが、
駅前を歩いてみてもそれらしき建物が見つからない。
仕方ないので、駅前の交番で道を尋ねると、一旦は通り過ぎた
「日本ソフト開発」と会社名がある4階建ての建物とのこと。
よく見ると、ビジネスホテルの看板が入り口へ上がる階段にあった。

フロントはおばちゃんだったが、部屋は空いているようで一安心。
名古屋駅前は探さなくても、見渡す限りにいくつものビジネスホテルの
看板があったが、この米原駅では唯一1軒のビジネスホテルさえも
存在感を消さんとばかりに判りづらい。
ラーメン屋もおばちゃんに教えてもらった1軒以外にはなさそうだ。
あと目の前にスーパーが1軒、駅から名古屋方面に少し歩いたところに
コンビニのローソンが1軒あるだけ。後は住宅だけという寂しいところだが
特に観光するわけではないので、これで十分である。

時刻表では6:08発の普通列車に乗るつもりで、その少し前に
「青空フリーパス」を買おうと駅に向かったが、窓口が空いているのは
JR西日本だけ。JR東海の商品であることを忘れてしまって
「青空フリーパス」を買おうとしたら、JR東海の窓口でお願いしますと
言われてはっと気づく次第。窓口は6:20から開くという。


かくして「青空フリーパス」で6:08発に乗るという計画は崩壊した。
6:08発に乗れば、名古屋から出発する臨時快速「佐久間レールパーク1号」
乗ることができるのである。しかも「青空フリーパス」のフリーエリア内である
飯田線の中部天竜まで行くので、追加料金なしで乗れる貴重な機会だけに
大変勿体無い。






嘆いても仕方ないので、ここは計画を変更。
ひとまず名古屋から関西本線~紀勢本線~参宮線で鳥羽まで乗りつぶし
帰りがけに豊橋で、折り返し中部天竜からやってくる「佐久間レールパーク2号」
を撮影することにした。

乗り潰しという大義名分のもと、前から気になっていた快速「みえ」に
乗ってみたいという理由が大きい。

行きは各駅停車の普通で、帰りは快速「みえ」に乗ってみることにした。
この快速 みえがちょっと面白いのは、大抵は同じ線路を走っていく普通と
快速が、この快速 みえは途中から伊勢鉄道の線路を走っていくため
普通列車が停車する亀山にはやってこない。

快速「みえ」は途中JR線ではない、伊勢鉄道を経由するために、
有名な青春18きっぷが使えないため、伊勢鉄道の区間は別料金で
運賃を支払わないといけない。
青春18きっぷでは伊勢鉄道には乗れないが、今回の「青空フリーパス」
では乗り放題。JR東海と私鉄と2度楽しめるという実はかなり充実した旅
として使えるきっぷなのである。











亀山からは終点の鳥羽まではワンマンの1両気動車がゆっくりと走る。






鳥羽では鳥羽水族館そばのお土産屋を見ながら、上のレストランで昼飯。
外は暑い。冷たいそばということで「おろしそば」なるものを注文。
近鉄ビスタカーがたまに駅に発着するのが見える窓の席で、
「神都ビール」という聞き慣れないビールを頼んでみた。
飲んでみる。フルーティーで苦くない。そして飲みやすい。
ここ伊勢志摩限定のビールらしく、関東ではまず飲むことはできないらしい。
今度三重まで来た際にはこの神都ビールを飲みにくるとしよう。






帰りの快速「みえ」が伊勢鉄道の線路を快調に飛ばしていると
ふと伊勢鉄道の1両だけの白い車両とすれ違った。



名古屋で普通列車に乗り換えて、豊橋には15:00着。
飯田線から帰ってくる「佐久間レールパーク2号」は飯田線ホームかと
思いきや、ホームの電光案内板が「回送」となっている5番線ホームに
やってくるようだ。しばらくしてやってきた117系とよばれるヘッドマークを
掲げた白い車体がゆっくりとホームに入ってきた。




帰りの小田急。
御殿場線からの松田駅から乗り換えて、新松田駅のホームで
待っていると千歳船橋で人身事故発生のために運転見合わせ発生。

さすがは小田急。毎日どこかでネタを提供してくれる。
運転見合わせとなったため、普段停車しないLSE7000形の旧塗装と
小田原方面からやってきたEXE30000形が並んで停車するという
通常見られない光景を見ることになった。
しばらくして運転見合わせは解除されたが、運用変更があって
急遽赤い1000形が他の列車と連結されて走ってこないかと相模大野
まで乗って帰ってきたが、途中で赤い1000形の回送にすれ違った。
新松田22:45頃発の海老名車庫入庫の回送運用だが、伊勢原を
23時過ぎ通過するので、すれちがった時間もほぼ定刻。
どうやら赤い1000形が急遽営業運転に運用されることはなさそうだった。

あとは相模大野に行く途中で乗った各駅停車 相模大野行き。
途中の相武台前ホームの電光掲示板には通常ではありえない
「急行 相模大野」が表示されていた。ちょっとだけよいものをみた。

2009年7月5日

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交通費0円の旅。
定期券区間だけで乗り降りしてみた。

改札入場した同じ駅からの出場は30分以内。
違う駅なら4時間以内。

たとえば相模大野から新宿までが定期券の区間として、
相模大野から改札に入場したら30分以内であれば、
また改札を出場することができる。
そして4時間以内であれば、町田や新宿から改札を
出場することができる。

このルールに従っていれば
同じホームには長くて3時間ほど居座ることができる。

しかし、実際にやってみようとホームのベンチで
座り続けてみると、駅員なんかの目が気になってくる。
だから長くて1時間もいたら、別の駅へ来た列車で移動する。


最初は相模大野。
相模大野に向かうまで、今乗っている列車を運転する
「運転士見習」の黒い腕章をした新人運転士を「ストーカー」
しようと考えた。といっても、この運転士が運転する列車に
乗るだけだが、運転士が次にどの列車を運転するかは
日が出ている明るい内なら運転席を覗けばすぐに判る。
小田急の場合は運転士の右側に縦長の白い紙がある。
「行路表」と呼ばれるもので、各運転士の運行スケジュールである。

運転士というと、自分や他の客と一緒に乗っている列車だけを
運転しているイメージが強いが、「行路表」をよく見ると、
我々が普段見ている時刻表の列車が、始発駅に着く前の
車庫から出庫したり、回送として運転する時刻まで
ひとつなぎの線で結ばれて記載されている。
今乗っている列車が行先の途中で切れている場合は
その駅で他の運転士に交代するという意味だ。

で、この運転士の行路表をそっと見てみると、
急行 新宿行きとして運転しているこの列車をどうやら相模大野で
他の運転士と交代し、相模大野15:45発の各停 本厚木行きを
運転するという業務らしい。

相模大野に着いたら、駅内の事務室でしばし休憩だろうか。

が、相模大野に着く少し前に気が変わった。
改札から出さえすれば、例のルールを気にする必要がない。
一旦改札を出てみることにした。

相模大野は車両を検査したりする工場があるため、留置線の
線路が何本も広い敷地に広がっている。





沿線のマンションの前の道路からもその様子を観察できるが
よく見ると、奇妙な真っ白な車体が横たわっている。
「犬神家の一族」に出てくる白い仮面をかぶった男を思い出す。
5000形という古参の車両で、今もまだ同じ形式のクリーム色に
青い帯のいわゆる「小田急顔」として活躍しているが、
その青い帯を真っ白なフィルムか何かで覆っているらしく、
青い帯が消えただけでもこれほどにも奇妙な印象に変ることに驚く。
ネット上の噂では解体されるらしい。

15:45。そろそろ例の新人運転士が運転する列車がやって来る。
ヘッドライトとともに銀色と青帯のステンレスの車体が走り去る。
さっきの列車で後から見ていた私が線路沿いにいる事など
きっと気づいていないだろう。



奇妙な白い車両を後にして、今度は海老名へ戻る。
海老名では6月の人身事故で新宿や藤沢まで出張したことで
一時話題になったあの赤い1000形が、普段見られる新宿寄りの留置線
ではなく、検査のためだろうか、反対側の箱根湯本寄りの留置線に
ひっそりと停められている。なかなか見られる光景ではない。

まずはホームから撮影。
それに飽き足らず、一旦改札を出て、外からも撮影。
留置線すぐそばの自転車・バイク置き場の高い塀が邪魔だったが、
なんとか背伸びして撮影。かなりピンボケしているが、これが限界。






しばらくして後の回送に備えて、元の留置線へとゆっくりと移動。
ちょうど特急ロマンスカーの通過待ちで待避線に急行列車が
ホームに停車していたたため、車内のドア越しから撮影する
ことになってしまった。少々恥ずかしい・・・。

それからは日の出ているうちに赤い1000形が箱根湯本方面に
回送されないかと、定期券の例のルールに気をつけながら
他の駅に移動しながらも時間を潰してみたが、日が落ちても
回送される気配がない。

夜になるにつれてお腹も空いてくる。
今回は交通費0円の旅。実際には出掛けに108円のペットボトルの
コーヒー飲料を買っているが、それ以外は出費しないで帰ることにしている。
余計な出費とならないうちに家に帰ろう。

2009年6月28日

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海老名
10:37発

↓ 1070F 相模線
  
11:04着
茅ヶ崎
11:32発

↓ 832M 東海道本線

11:45着
大船
12:17発

↓ 4640E 東海道本線

12:36着
横浜
13:33発

↓ 9723 東海道本線~横須賀線
  臨時快速 レトロ横濱3号

13:50着
大船 ※記念撮影イベント等の停車
14:10発

↓ 

14:37着
横須賀
15:04発

↓ 9724 横須賀線~東海道本線
  臨時快速 レトロ横濱4号

15:47着
横浜
16:21発

↓ 1514B 東海道本線

16:31着
鶴見
17:00発

↓ 1703 鶴見線

17:09着
安善
17:54発

↓ 1709B 鶴見線

17:58着
大川
18:01発

↓ 1808 鶴見線

18:06着
浅野
18:30発

↓ 1807 鶴見線

18:34着
海芝浦
19:55発

↓ 1906B 鶴見線

20:07着
鶴見
20:14発

↓ 1813A 東海道本線

20:21着
東神奈川
20:25発

↓ 2031K 横浜線

20:54着
町田

梅雨の合間によく晴れた日。
昨日の会社の飲み会でそのまま家に帰っても良かったが
帰ってから風呂に入ったりするのが面倒臭かったので
途中の本厚木で降りて、ビジネスホテルで一泊した。

翌朝9時前。本当は小田急の気になる列車に乗ろうと
早朝4時半に起きるつもりが、次の日が休日ということもあって
久々に夜更かしをした。寝たのが3時近く。
寝坊するだろうと思ったが、それでも9時前には起きた。  

JR東日本が「神奈川・横浜デスティネーション・キャンペーン」
で、横浜や箱根など観光地に客を呼び込もうという趣旨で
さまざまな旅行商品を販売している。
鉄道会社としては、少しでも多くの客に列車を利用してほしい。
そこでイベント列車をいくつも走らせている。
同時に私のような鉄道オタクも気が抜けない期間でもある。

滅多に目にする機会がない、電気機関車EF64型とEF65型が先頭と
最後を挟み、茶色いレトロ客車が横浜から横須賀まで走る
「レトロ横濱号」に乗ってみたいと思ったのだ。
きっと満席だろう。指定席が取れれば乗ってみよう。
乗れなければ外からの撮影を楽しむことにしよう。

私にとって「ホリデー・パス」の旅の始まりの列車、
相模線で終点茅ヶ崎までゆっくりと揺られていく。



茅ヶ崎のホームや改札付近に相模線についての写真が貼られている。
写真は昔の相模線。蒸気機関車がそして、函館本線の「北斗星」を
牽引しているようなディーゼル機関車が走っていたとは知らなかった。

相模線の相模湖行き??
相模線で使われている車両は車両点検などで定期的に茅ヶ崎から
東海道本線を走って国府津まで回送させているそうだが、以前は
車両の所属が豊田電車区だったため。。これはその頃、回送される
シーンを撮影したものらしい。説明書きにはこの列車に乗っていた
係員のサービスで表示させたものだったようだ。

茅ヶ崎でみどりの窓口で指定席を見てもらったら、
なんと3号も4号も席が空いていた。3号は窓側、4号は通路側。
片道窓側が取れただけでも幸運である。

前にみどりの窓口や券売機で調べたら、すでに満席だったので
乗れるとは思っていなかったが、モノは試しである。


気をよくして、横須賀11:45着のレトロ横浜2号の折り返し回送を狙おうと
すでにカメラを構えた先客が集まっている横須賀線ホーム先端の
そばのベンチで座って待ってみたが、まだやってくる気配がない。



折角とれた指定席券を持っていても、肝心の列車に乗り遅れた意味が
ないので、撮影する余裕がほしいので早めに横浜駅へと向かうことにする。



横浜駅。改札そばの駅員に尋ねると、東京方面の列車が到着する
東海道本線7番線ホームにやってくるという。
階段を昇って、7番線へやってくると、こちらのホームも向かいのホームも
すでに人だかりができ始めている。しばらくすると駅員数名が黄色い
ロープをもって、撮影者がホームの黄色い線から出ないようにするための
即席のバリケードができた。






ホームのどこを歩いても人だらけ。でもいつもの仕事や学校などで
忙しい人たちの殺伐とした雰囲気ではなく、どこか楽しげな空気がある。
なんだかんだ、日本人は珍しいものが好きなのだ。列車も例外ではない。





目的の列車は小田原方面からゆっくりとホームの中ほどに停車。
東京に顔を向けている青い電気機関車はEF65型は、すでに廃止された
寝台急行「銀河」の客車を牽引していたEF65型とは顔が違っている。
後でwebで調べてみると、分類ではP型とF型とPF型とあって
それぞれPはPassenger=旅客、FはFreight=貨物を示す頭文字で
旅客型、貨物型で用途が分かれていた500番台とこの旅客・貨物汎用で
使用可能なPF型となった1000番台があるそうだ。

今回使われている青い電気機関車EF65型は501番。つまりP型。
廃止となった「銀河」に使われていたのは1000番台。PF型である。
500番台の一番最初ということで、某掲示板の書き込みを見ると
「Pトップ」と呼ばれているのが、今回のEF65-501である。

そして反対の一番小田原寄りに連結されているのが、上野から上越線は
横川まで、EF55のさよなら運転の際の補機として連結されたEF64型。
これも通常見かけることがない茶色い電気機関車である。
こちらも1001番。PF型のトップだから「PFトップ」とでも呼ばれている
のかもしれない。
この「PFトップ」が今度は横須賀に向けて、先頭を切って
客車と一番後ろとなる「Pトップ」を牽引していく。
しかも、「Pトップ」はJR東日本高崎車両センター所属に唯一残る
電気機関車ということで、「PFトップ」と一緒に走行するシーンが
撮影できるかなり貴重な機会だったのである。







撮影して落ち着き、指定席である窓側に座る。
レトロ客車だけに窓は上まで大きく開けることができる一枚窓。
撮影するのにも、車内に入ってくる心地よい風を感じるのにも
そして沿線で待ち構えている数多のカメラマンを冷やかすのにも
もってこいの環境である。






ワゴンによる車内販売はあるが、乗車時間が約1時間とあって
駅弁や飲み物はなく、キーホルダーなどお土産のみ。
もっともビールを飲んだところで、車内のトイレが使用できないので、
それほど売れないと見込んだのかもしれない。
幸いにも途中の大船で20分の停車があったため、トイレ休憩がてら
ホームから撮影の続き。中ほどに先ほど乗車記念証を配布していた
「鉄道少年団」のワッペンが腕に縫い付けられたボーイスカウト然の
青い服装を纏った少年たちとの記念撮影が行われていた。


大船から先もすれ違うのは通勤車両ばかり。タイムスリップして
現代に迷い込んでしまった不思議な感覚である。
通過する駅にももちろん、カメラを構える人だかり。
沿線もよく観察すると、梯子や柵に登ったりしてカメラを構えている
人たちが時々見かけた。





横須賀線に入り、緩やかなカーブ。先頭を牽引するEF64型が見えた。








1時間の旧型客車の旅は終え、一旦横須賀駅のホームに降り立つ。
行先案内板に表示された滅多に見られない「臨時 横浜」の表示。
横須賀線開業120周年の大きなマークとEF64型の茶色い機関車。
そして、古風な「よこすか」の駅名板とともパチリ。


発車時間が来てしまったので、近くの客車が乗り込み
指定された通路側の席に行くと、向かいでお父さんと男の子が
ひとりすでに座って楽しんでいる。
ビデオカメラで窓の走行風景を収めているお父さんとは
しばらくしてからに話したが、大阪から親子でやってきたそうだ。
向かいに座る子供が新幹線が大好きらしく、大阪からは新幹線で
やってきて、さらにこれから大宮の鉄道博物館まで遊びにいく
予定だという。東京から北へ向かう、秋田・東北新幹線に
乗るのも、子供がとっても楽しみしているそうだ。
どうやら、子供の目的はその新幹線に乗るだけでなく
盛岡で行われている新幹線の連結・併合シーンを見たいらしい。
そこまでは行く予定はないらしく、お節介ながらも
鉄道博物館に展示されている白と緑色の新幹線の連結器を
出し入れするところや蒸気機関車が載っている転車台が回る
シーンを見ることができることを話しておいた。
話している途中も子供はすっかり居眠りをしてしまっている。
朝早く大阪を出発したそうで、ここにきて疲れてしまったようだ。

行きの「レトロ横濱号」と同じように、先ほどの青い服装の
少年たちが乗車記念証を配りにやってきた。
先ほどからの話で、失礼ながらも今回の旅は奥さんは山口県の
ご実家にいるらしく、その方へのお土産にと配布された
乗車記念証を渡してあげた。
その代わりというつもりではなかったが、お父さんはその山口県
へ里帰りした際に撮影したというSL「やまぐち」号を見せてくれた。
白く煙りを吐き出しながら、山と手前の田んぼに挟まれたのんびり
した風景をゆっくりと客車を牽いて走っていく蒸気機関車。
この間乗ってきた大井川鐵道とはまた少し雰囲気が違っているようだ。



ビールの酔いも手伝って、楽しく話していたらあっという間に
横浜へと到着してしまった。こうして横浜~横須賀間の貴重な車両に
よるちいさな旅が終わってしまった。














このままホームを去っては、ここまで乗せてくれた車両に失礼である(?)
回送されてホームから見えなくなるまで、お見送りをするのだ。
大勢の人たちがカメラを向けている中、急行「ぶらり鎌倉号」で使われて
いる車両が隣のホームへ入線してくるというサプライズがあって、
16:10頃。ゆっくりとねぐらへとホームを離れていった。

このまま帰るのも何か物足りないと思い、なんとなく鶴見へ。
鶴見の連絡通路で30分くらいぼーぅとしていると、先ほど横須賀で見かけた
臨時快速「すいごう」などに使われるジョイフルトレインの回送列車が
横浜方面から走ってきた。ふと鶴見線に乗ってみようと思った。


休日は1日3本しかない、大川ゆきに乗るために途中の安善で降り、
幾本も横切っている貨物線の線路を見ながら、何もせずにぼーぅと
ホームのベンチで過ごしてみる。
時折すずめのような小さな鳥が線路に止まり、そして飛び去る。
貨物列車はひとつもやってこない。静かなホーム。







鶴見行きや浜川崎行きを見送りながら、
ようやく目的の大川行きがやってきた。安善を出てしばらくして
ポイントを通過するので、少し列車が左右に揺れる。
そのままカーブしながらゆっくりとすぐ右手に見える武蔵白石の
ホームを見ながら別れた。そしてものの数分で終点大川。
そして折り返し18:01発のこの鶴見行きが本日の最終列車。
明日まで大川から出る列車はないのである。




今度は浅野で下車する。海芝浦ゆきに乗り換えるためだ。
安善とは違って、扇町方面と海芝浦方面へとホームが分かれている。
ここでもしばらく、寝っ転がっている野良猫たちをみながら
ぼーぅと列車がやってくるのをその辺に座って待つ。

休日だろうか、やってきた列車には明らかに海芝浦へ見に行く
人たちが乗っている。単独の人だけでなく、親子連れも見かけた。
海芝浦直前で一面運河が見えて視界が開ける。
海芝浦では折り返し鶴見駅として発車する15分間の間に
私を除いた他の人たちは、中の公園にまで足を運び、ホームからの
景色を撮影したりして、また列車に戻っていった。



しかし私はこのまま、1時間後にやってくる列車まで公園の
ベンチでひとり座っていることにする。
ここから見える鶴見つばさ橋は、夜になると白い柱がぼんやりと
ライトアップされる。少し奥に見えるベイブリッジとともに
デートスポットにもなってるそうだ。
徐々に空は暗くなり、少し離れたところを屋形舟や遊覧船が
ゆっくりとベイブリッジ方面へと消えていく。曇っているのだろう、
雲越しに三日月が見え、鶴見つばさ橋の白い柱がうっすらと
白く浮かび上がっている。


すっかりと暗くなったホームに帰りの列車がカーブの向こうから
レールの軋み音が響いてきた。

つくもノヲ”X="1≠ 464




朝の通勤を楽しく、小田急の赤い1000形を追ってみる。
いつもの列車より一本早い列車に乗ると、秦野駅に
停車している回送中の赤い1000形を見ることができる。

秦野7:11発の急行に乗っていると、こちらの列車が
発車すると同時に隣の赤い1000形もゆっくりと新松田
方面へと走り去っていく。

その事を知っているのか、乗務員室後ろに立っている
人たちが多いような気がするのは気のせいか。





夜。会社の飲み会で夜遅い相模大野駅。
小田急江ノ島線内で人身事故が発生したために
普段は見られない行先表示。各停 長後行き。
小田原線もダイヤが少々乱れているものの、
やってきた列車に乗れば、帰ることはできる。

が、しばらくそのまま列車を見送る。
この間の早朝発生した小田原線内の人身事故の影響で
新宿までと江ノ島線は藤沢まで走る珍事となった
赤い1000形が回送のついでに、他の列車と連結されて
やってこないだろうかと期待したのだ。

が、しばらく待ってもその気配はなさそうだ。
人身事故に不謹慎であることを承知だが、
ダイヤ乱れが起きると、イベント列車化する小田急は
私を含めた鉄道オタクには格好の嗜好なのである。

他の私鉄ならいざ知らず、こと小田急については
自分の通勤時間帯を除いて、小田急線に乗ろうと、
乗っている途中だと、ワクワクしてしまう。
つい、ホームの行先案内板を列車の方向幕を
みてしまう。自分勝手な鉄道オタクという病気だろう。

しばらく列車を見送っているうちに、
江ノ島線が全線再開となり、それまでの長後止まりは
解除されてしまった。

来た列車でそのまま帰ることにした。
が、途中のとある駅で降りる。
もう少し待っていれば、赤い1000形の回送シーンが
見られるはずだからだ。



23:10過ぎ。ホーム隣接の留置線、新宿寄りから
ヘッドライトがゆっくりと近づいてきた。
新松田方面に回送される赤い1000形である。
一旦、新宿方面との線路と合流するポイント手前で
停止し、新宿方面の列車と箱根方面の列車が通過待ち。
そしてゆっくりと新宿方面の線路、奥の渡り線を使って、
さらに箱根方面の線路へ合流して、赤いテールライトを
残しながら、夜の闇へと消えていった。

この赤い1000形がただの回送でないことはご存じの方は
もうすでにご存じだろう。

2009年6月21日

つくもノヲ”X="1≠ 463



東京
13:26着

↓ 1347T 中央本線
  快速

14:31着
高尾
14:46発

↓ 1446T 中央本線
  快速

15:55着
東京 ※急行ぶらり鎌倉号の
    急行券を何とか確保

16:33発

↓ 3767M 東海道本線

16:57着
横浜
17:26発

↓ 9708M 東海道本線~武蔵野線~常磐線
  急行 ぶらり鎌倉号

19:52着
土浦
20:06発

↓ 2456M 常磐線

20:39着
我孫子
20:46発

↓ 2064S 常磐線~東京メトロ 千代田線
  (綾瀬から2065S)

21:33着
新御茶ノ水
21:48発

↓ 都営新宿線

21:59着
新宿
22:20発

↓ 0991 小田急線
  特急 ホームウェイ91号

22:46着
相模大野





いつもの店でまずは有楽町へ。
お腹が満足したら、1分も乗りたくない山手線で東京へ。
そのまま中央線で新宿まで戻って、エプソンエプサイトギャラリー内
で無料展示中の「ゆる鉄」写真展を見に行こうと思っていたら、
やってきた列車がなんと古き中央線車両の201系。
ほとんどの車両が新型の231系に置き換わってしまい、見ることも珍しく
なってしまった全体がオレンジ色の通勤型車両だが、予定変更し、
このまま終点の高尾まで、運転室後ろで立ち見を決め込むことにした。





通過する駅、停車する駅で一眼レフやデジカメや携帯電話のカメラを
向ける人たち。わんさか走っているときはわざわざ写真など撮る気も
ないくせに、珍しくなるとカメラを構えてしまう人間の勝手さ。
そんな私もそんな彼らの反応を車内から見るのが楽しみだったりする。


高尾では折り返し、快速東京行きとして発車する。
今度こそ新宿で降りようと思ったが、ついに意識がなくなって
目が覚めると終点東京の少し前。高尾からの1時間ばかりをお昼寝
してしまったようだ。

先ほど有楽町から東京へ戻った時。
東京のみどりの窓口で確認してみたが、急行ぶらり鎌倉号は満席だった。
しかしダメ元で再度確認してみると、なんと1つ窓側の席が横浜から
空いているという。さっそく購入。
ということで横浜まで、東海道線の普通列車でゆっくりと横浜まで
戻ることにした。さっきの中央線みたいに運転室後ろの席へ向かうと
家族づれだろう、お父さんと思しき男性とその子供たちの先客。
半袖のTシャツとハーフパンツの楽な格好したその男性が運転士と
思しき乗務員に何やら抗議している。抗議というより文句だろう。
が、決着が着いた段階らしく運転士は客室への扉を閉めて運転席に座り、
発車を待つ体制に入った。どうやら遮光カーテンに対する抗議と感じた。


早朝や夕方、トンネル内など客室の照明が運転席の窓に反射すると
安全運行上よろしくないため、予めカーテンを閉める。
あのカーテンはすぐ後ろの客の視線を遮るためのものではないのだ。
カーテンが下されてしまうと運転士の背中越しに全面展望ができないため、
子供の(父親自身が見たいという場合もあり。今回は違ったようだ)
楽しみを奪うつもりなのか、それも客へのサービスなのではないかと
抗議していたように思える。もっとも始めからそばでやりとりを
聞いていたわけでないから、推測の域を出ないけれど。






横浜から急行「ぶらり鎌倉号」が来るまでしばし待つ。
17:25。鶴見で見たのと同じ車両が6両編成でやってきた。
車内の座席は通路から一段高くなっている。
前に上越線で乗った快速「シーハイル上越」と同じ車両だろうか。

みどりの窓口で当初満席と言われた通り、席も人で埋まっている。
実際に利用する観光客がほとんどということだろう。
臨時列車でありがちな私のような乗ることが目的の人たちや
コレクターや転売目的で急行券は購入して、購入者が実際には
乗車しないということがほとんどないようだ。

さてじっくりと普段は見れらない貨物線の景色でも楽しもうと
買っておいたおつまみやビールをスタンバイしていたところで
早速隣に座っていたおじいさんに話しかけられた。
それからほとんどはこのおじいさんと談笑タイムとなる。

時折、窓の方に目を向けたがまだ武蔵野線ではないようだ。
鶴見から貨物線へと入り、長い長いトンネルを抜けた後に
武蔵野線へと走っていくが、トンネルの中を走っていく。

おじいさんは鎌倉へ観光した帰り。地元である石岡駅まで
乗っていくそうだ。鎌倉も江ノ電も人でいっぱいで
写真をゆっくりと撮影することもままならないまま、
帰りのこの列車に追われる感じだったと笑いながら話してくる。
湘南の海にはすでに、波乗りの人々が楽しんでいるとのこと。

ちらっと見た乗車券には「びゅう」のログマーク。
後ろを振り向き、すぐ後ろの奥さんらしき女性と時折話して
いたようなので、夫婦でパック旅行でも申し込んだのかと思ったが、
席が離れてしまった他の仲間たちも一緒とのこと。
愚問ではあったが、普段の移動は車とのこと。
最近では箱根の芦ノ湖へと出かけたそうだが、そのときに
箱根登山電車に乗ってスイッチバックを見たが、対して感動は
なさそうであった。それはそうだ。私が鉄道オタクとして乗り込み、
貨物線を経由して武蔵野線へ走る珍しい列車だと話したところで
車の移動が早いと思っている人には楽しい話ではない。
だから、こちらがおじいさんの地元である常磐線の話で
なんとか場を繋がなくてはとなる。といっても鉄道以外の話題のネタが
なくて結局常磐線そのものの話になってしまう。
席に座って話しかけられた時から、鉄道オタクとは明かして
いるので、まあいいかという気持ちもあったが。
やはり常磐線が地元だけに原ノ町という駅名を口にすると
当然食いつきは良かった。駅弁の立ち売りをまだやっている貴重な
駅なんですと話すと、おじいさんからは常磐線ではないけれど、
別名「常磐新線」と呼ばれているつくばエクスプレスができる前は
つくばの人たちはバスや車で常磐線の土浦まで出なくてはならなかった
と話してくれた。少々運賃が高くてもつくばエクスプレスが
できたことで列車一本で東京まで行くことができることは住民に
とっては願ってもないことだったかもしれない。

なんとかそんな話をしている途中に列車は武蔵野線の武蔵浦和など
浦和の付く駅名を通り過ぎていく。
そろそろ武蔵野線から常磐線へと渡るために貨物線へと走る頃だが
初めてのことだからここからは車窓をじっくりと眺めたい。
と、うまい具合に仲間と思しき男性がやって来て、おじいさんと
奥さんと思しき女性は私に挨拶してから他の車両へと移っていった。


時間はすでに19時過ぎ。デジカメで写真を撮影するにしても
外は暗すぎる。撮影を諦めて自作の携帯電話から呼び出したGPSを
使ったcgiで位置情報を記録しておく。


どうやら貨物線を渡ったようで、少し離れた向こうを常磐線の
各駅停車として走っている地下鉄千代田線の車両が横切っていく。
すぐ隣の線路を特急車両の白い車体が猛スピードですれ違う。


そして土浦までの旅は終わってしまった。


帰りの特急ロマンスカー。
展望席がある車両だが、先頭車の一番後ろの通路側の席でも
展望席から少し床が高くなっているハイデッカーなので
何とか前が見える。運転先は展望席の真上にあり、狭い運転台には
天井の蓋をあけて、専用の梯子で登って入る方式になっている。
運転士が展望席付近の席に座っていた男の子に声をかけて
サービスなのだろう、梯子を登らせて運転台を覗かせていた。
ああ、男の子よ。なんと羨ましい!!。おじさんは子供に戻りたいぞ。

つくもノヲ”X="1≠ 462




地元の友達の自宅でプチ焼き肉パーティ。
軽く飲む話だったが、彼の思いつきで焼肉パーティとなった。
パーティといっても、彼と私だけのふたりっきりとの飲み会だが
パソコンの部品だって、ちゃんと炭と網を載せる事ができるのである。

ハードディスクだが、CD-ROMなんかの読み取り装置を固定するような
ベイらしいが、安くて手頃な網を見つけ来たようだ。

火おこしは何とかうまくいった。
最初は新聞紙を丸めて、炭のまわりに置いて火をつけてみた。
それでもなかなか火がつかないから、ガスバーナーで直接炭に火を
つけてみたりしたが、なかなか火が続かない。

それでも何とかうちわで煽いでみたりして、炭に燃え移った。
炭にさえ火が通れば、後は炭が燃え尽きる前に炭を足していけば
火力は続く。A4ノートくらいに広げた炭なら1時間くらいはもつ。
網を載せて、さっそく彼が用意してくれた肉を焼きに掛かる。

焼けるのに時間がかかるかと思ったが、すぐに食べ頃になる。
美味い。小学校か中学校のキャップファイヤーをふと思い出した。
ビールと焼酎でほろ酔い気分になった金曜日の夜。


帰り道。終電が終わった後も働いている人がいる。
保守作業員は人知れず、安全を支えている。

つくもノヲ”X="1≠ 461



通勤途中の憂鬱気分をちょっとでも紛らわせようと思い、
いつも乗る列車より少し早い列車で秦野駅に降りた。







赤い1000形、朝の回送を追ってみた。
前回はホームからの撮影だったが、上り線から
下り線へと渡り線を渡るところが気になったので、
最寄の踏切から撮影してみた。

赤い1000形が駅へと消えると、私はいつもの列車に乗るべく
駅へと駆け足で戻ることになる。

ところで、サイトやブログを見ていたら、
6/16の人身事故の影響で新宿まで赤い1000形が走ったとのこと。
しかも江ノ島線の藤沢まで。会社休んで撮影したかったな・・・。

video

2009年6月14日

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手元にある鉄道ダイヤ情報6月号の後ろのページには
この雑誌のメインである団体列車やイベント列車、臨時列車だけでなく、
回送列車や新造車両や点検車両を貨物扱いで電気機関車が牽引輸送する
「甲種輸送」と呼ばれる貨物輸送ダイヤまで載っている。

甲種輸送については、先月偶然、沼津で目撃した京王電鉄の9000系という
車両の牽引輸送が6/13にもダイヤが組まれている。
小田原には夕方の17時。見に行ってもよいが、行くだけで終わってしまう。
それに沼津で見ているから、今回はパスしよう。


まずは有楽町に行って、いつもの店でインディアンを食べる。
お腹が満足したら、まずは上野へ向かう。目指すは13番線ホーム。
回送で大宮方面からやってくる予定のハイグレード車両E655系「なごみ」
を撮影しようと思ったのだ。
この車両は通常5両編成で団体専用のジョイフルトレインとして活躍する
車両だが、最近では中間に特別車両を1両増結して天皇陛下のお召列車として
使用されたと大きな話題になった。

なかなか乗る機会もないが、じっくりと間近で見る機会もない。
なので時間を調べて撮影しようというハラである。


13番線ホームの電光の行先案内版には「団体」の赤い文字。
そのそばには私より若そうな少年がカメラを抱えてウロウロしていたが
やがて私に話しかけてきた。彼も同じく「なごみ」を撮影しに来たようだが
13番線ホームでよいのか、気になっているようだ。

しばらくしてその13番線ホームの階段にはこれからやってくるだろう
団体列車に乗り込むであろう子供たちが降りてきた。
よく見ると15番線ホームの電光案内版には「回送」の文字。
ここで持参してきた先ほどの鉄道ダイヤ情報を確認してみると、
同じ日に上野から15:56発の団体列車の記載がある。どうやらこれらしい。







すると15番線に15:48に到着するのが、目的の「なごみ」だろう。
先に13番線に到着した国鉄色の団体列車を撮影した後にすぐにエスカレーターを
駆け上がり、15番線ホームへと降りてみると、すでに目的の車両が
停車していた。やはり一度は乗ってみたい車両である。
なかなか渋い色だが、決して地味ではなく、どこか洗練されている。
デザイナーはなかなかのセンスを持っているのだろう。





幸いにも窓のブライドは開いているので、窓越しに車内を観察。
かなり豪華で落ち着いた車内になっているようだ。




団体列車が先に発車した後に、しばらくしてこの「なごみ」もゆっくりと
走り去っていた。


さて次はどうするか。
急行「ぶらり鎌倉号」を撮影するために鶴見へ向かうことにした。
鶴見から貨物線へと走って行き、臨時列車以外は旅客列車が通らない長いトンネルで
武蔵野線へとワープし、さらに貨物線を使って常磐線を走って終点のいわてまで
行く、鉄道オタクとしてもマニアックなルートを運行する列車である。






その鶴見駅は東海道本線と貨物線が分岐する地点にある駅なので、
幾つも並んだ線路を列車が行き交う光景はしばらく見ていても飽きない。
その上、ちょっと上に視線をずらすとゆっくりと鶴見線が、さらに横浜方面に
目を向けると京急の赤い列車が忙しそうに走り去るのが確認できる。
改札とホームを結んで、これら線路を跨いでいる連絡通路は幸いにも
窓ガラスを開けることができる構造になっていて、撮影だけでなく、
ただぼんやりと行き交う列車を眺めているだけでも最適の環境である。

京浜東北線で川崎からひと駅。
17:35に鶴見到着予定なので、まだ30分以上時間がある。
駅前の喫茶店でコーヒーを飲みながら、チョコレートケーキを食べて時間を潰す。
喫茶店には若い女性がひとり、中年の女性がひとりで切り盛りしているようだ。
しばらくすると中年女性が料理を作り始めた。私が座っていたカウンターの
反対側の端で先ほどの若い女性が食事をし始めた。賄い飯だったようだ。

video




再び先ほどの連絡通路に戻る。
しばらくして横浜方面からゆっくりと目的の急行列車がやってきた。
そしてちょうど連絡通路に入ったところで一旦停車。
他の貨物列車ダイヤの隙間を縫っていくためだろう。
停車している7分の間にホームから撮影していると、ゆっくりと動き出した。
乗客の大半は中年層が多そうだ。団体旅行だろうか。






その後もしばらく連絡通路からぼぅーと列車がやって来ては去るのを見ていた。
鉄道博物館よりも間近でしかも現役のパンダグラフがこんな近くで見られる場所も
そうそう多くないかもしれない。
もうそろそろ帰ろうと思ったところで、またも見慣れない列車が。
今日だけで2列車。最近は国鉄色の団体列車をよく見かけるためか、
あまり物珍しさはなくなって来た。それでも撮影したくなるけれど。



東神奈川から横浜線に乗り換えようと思ったが、2番線の電光案内版に「特急」の表示。
もしやと思ったら、八王子から横浜線へと走る唯一の特急である「はまかいじ」号
である。しばらくして特急列車がホームにやってきた。横浜線との並びを撮影。

そして特急列車が去った2番線に今度は横浜線の普通列車。
八王子方面の普通列車はほとんどが隣の3番線だが、一部列車が2番線から折り返し
発着するのだ。そのため、時間によってはこうして横浜線どうしの並びも撮影できる。




さてもうこのまま町田まで帰ろうと乗っていたが、小机でまたも回送列車。
上野、鶴見、そしてこの小机で今日だけで3度目の国鉄色。
見慣れたとはいえ、横浜線との並びは新鮮である。

こうなったら、私も団体列車をこさえて貨物線踏破ツアーでも組むか(笑)
というか、そんなオフ会でもあれば参加したい。

つくもノヲ”X="1≠ 459



上野
19:03発

↓ 1 東北本線~IGRいわて銀河鉄道~青い森鉄道~
    東北本線~津軽線~津軽海峡線~江差線~函館本線~
   室蘭本線~千歳線~函館本線
寝台特急 北斗星

11:15着
札幌   ※宿泊
10:37発

↓ 5010D 函館本線~千歳線~室蘭本線~函館本線
  特急 スーパー北斗10号

13:50着
函館
13:54発

↓ 4026M 函館本線~江差線~津軽海峡線~津軽線~東北本線
  特急 スーパー白鳥26号

16:45着
八戸
16:57発

↓ 3026B 東北新幹線
  はやて26号

20:08着
東京
20:13発

↓ 893M 東海道本線

20:39着
横浜





月曜日、火曜日と頑張って仕事には行ってみたけれど
水曜日はどうも行く気がしない。
体調不良の旨を会社に連絡してサボッた。
インターネットカフェに立ち寄る。楽な自殺方法を
webで検索した。時間をかけたが、見つからなかった。

木曜日の朝。やっぱり駄目だった。また会社に連絡した。
頭痛が治まらないとして、またサボッた。
同じようにインターネットカフェに立ち寄る。
また自殺方法を探す。でも逃げるようにエロ動画でオ●ニー。
だんだん虚しくなる。そして自宅に帰る。

金曜日の朝。雨。会社に連絡する気もなくなった。
会社の前まで来た。しかし行く気がしない。
会社の前の公園のトイレに籠る。
締めていたネクタイをはずして、輪にして手すりに結んで
首吊り自殺をしようとしたが、次第に苦しくなるだけ。
とてもできそうにない。諦める。

外は雨。もう出勤時間を過ぎているだろう。
もう携帯電話の電源を入れるつもりはなかったので
ずっと切っておいた。そのまま歩きまわる。
ふと高層のマンションが見えてきた。とても高い。
首吊りは苦しいけれど、飛び降りなら楽かな。
でもそう簡単には屋上へと行かせてくれるマンションはない。

そうだ。このまま遠くへ行ってみよう。
すぐに思い浮かんだのが、北海道の根室。
遠く東端の街でひとり死ぬのも悪くない。そう思い始めた。

夜行列車で旅立ちたい。
北海道へ行く寝台特急、「ぐるり北海道フリーきっぷ」が
使えるのは北斗星のみ。始発の上野は19:03発。
時間をつぶすために上野駅前のインターネットカフェ。
もう自殺方法を検索するのはうんざりしてきた。
浦沢直樹の「20世紀少年」を読んでみることにする。

携帯電話の電源は切っているが、もう会社から連絡が来てるだろうな。
そう思ったけれど、怖くて携帯電話の電源は入れられなかった。

「20世紀少年」のヒロイン、遠藤カンナはなかなか萌えだ。
白い帽子と青いジャンパー姿はよいオ●ニーのオカズ。

漫画を読んでいても時間はあっという間に過ぎていく。
そろそろ出発の時間である。
18:50。時間どおりに青い客車を先頭にして推進運転で入線してくる。
これから死に行こうとして人間がしっかりとデジカメ撮影。
先頭1号車2上段。初めて乗った時はまだ青函トンネルの新幹線工事前で
1日2本、上野から出発していた。北斗星1号と3号だが、そのうち1号が
青函トンネルの新幹線工事の時間帯確保のために運転が取りやめとなり
これから乗る北斗星は、北斗星3号のダイヤとなっている。

そして、私が初めて乗った時は実は最初で最後の臨時の北斗星81号。
電気機関車は普段の赤いEF81ではなくカシオペヤ専用塗装だった。
連結されていたロビーカーも最初で最後の乗車経験となってしまった。
これから乗る元「北斗星3号」である「北斗星」はロビーカーこそ
連結されているが、席も少なく、自動販売機などがあってどうしても
初めて乗ったロビーカーに比べると狭く、窮屈な感じが否めない。

すでに隣下段のベットにはおじいさんが座っていた。
軽く挨拶をしたが、途中の函館まで乗っていくという。
これから遠く北海道で死のうと考えているなんて知るはずもないが
おじいさんはこれから始まる夜汽車の時間に期待を膨らませているだろう。
楽しそうに笑顔である。早々に上段の寝台にあがり、シーツを敷いたり
荷物を降ろしていると、すぐ下にもおばあさんが座った。
先程のおじいさんとはすぐ隣。すぐにおばあさんとの会話が始まった。
おばあさんは東室蘭まで乗っていくようだ。

通勤列車のロングシートではまずあり得ないこうしたお互いの挨拶から
始まる寝台特急の旅は一緒に途中まで、あるいは一緒に旅をしているという
連帯感があって、私の虚しい気持ちを少しの間だけ忘れさせてくれる。
寝台に揺られて、眠っている間に・・・とはまだ考えるまでもなく
とにかくこんなときでも空腹なので、まずは上野駅で買っておいた駅弁を
抱えてロビーカーへと移動。すでに席がだいぶ埋まっていたが、駅弁を
食べながらビールを飲む。まだ味を感じる。おいしい。

ゆっくりとしばらくビールを飲みながらこれが最後かもしれない車窓を
眺める。すでに夜の中を街の灯りが横に流れていくだけ。

自分の寝台に戻る。浴衣に着替えるのが面倒臭い。
仕事しに行くつもりで着てきた背広のまま、ごろんとしていると
いつのまにかそのまま眠ってしまっていた。

「ぐるり北海道フリーきっぷ」は購入した際に往復で使う列車の指定席を
受ける必要がある。「ゆき」はともかく、もう「かえり」の列車は必要
ないんだけどな・・・と思ったが、とりあえず日曜日の札幌発寝台特急
「北斗星」の個室B寝台ソロの指定を受けた。

目が覚める。まだ青函トンネルには入っていないらしい。
付属の浴衣のひもを輪にして、上着を掛けたハンガーをかけておくフックに
結んで首を吊ってみる。しかし次第に苦しいだけで意識は飛ばない。
首の後ろが圧迫されれば頭に血が流れなくなって意識がなくなるかと思い
仰向けの状態でしばらく吊ってみる。頭の中が何か熱くなってくる感じが
あるが、それでも一向に意識が飛ばない。むしろ体が心がそうすることを
全力で拒否しているように感じる。

車掌の車内検札さえ済んでしまえば、カーテンを閉めれば終着札幌まで
誰にも邪魔されず、誰の目も気にすることはない。
好きな鉄道に揺れらながら死んで行くには申し分ない環境のはずだが
どうしても踏み切ることができない。列車は踏切を通りすぎていくが。

いつのまにか、轟音が続いている。青函トンネルだろう。
この轟音が途切れれば北海道に入っている。それまでに何とかしないと。
終着札幌まであと5時間。それまでに何とかしないと。




しかし、結局寝台でじっとしているだけ。
こんな気持ちであってもお腹は空いてくる。いかめしで有名な森駅に着く直前、
6:30から食堂車は営業再開する。昨夜のディナータイムと違って予約不要だが
好きな席で食べたいなら早めに食堂車へ向かったほうがよい。
営業案内の車内アナウンスがあってから1時間後、のろのろと寝台から降りて
食堂車へと向かう。1600円。ちゃんと味を感じる。

食べている間は何も考えることができなかった。
落部駅で貨物列車とスーパー北斗1号の通過待ち。後ろのテーブルでは
家族連れだろう、子供が窓の向こうを行きかう列車を見てはしゃいでいる。

ゆっくりと1時間かけて朝ごはんを食べて寝台に戻る。
すぐ下段のおばちゃん以外の2人は函館で下車しており、静かな寝台で
そのおばちゃんが東室蘭で降りるまで、向かいの寝台に座ってお話をした。
地元が東室蘭で東京からの帰りらしい。東室蘭からは札幌へ行く路線バスが
走っている。列車の本数が少ないから、主なの移動手段は車になる。
しかし高齢になると車の運転などできなくなるから、列車やバスに頼らざるを得ない。
東室蘭では空港まで列車かバスまで行く必要がある。
しかし乗り換える必要があって面倒だ。時間はかかるけれど東京まで乗り換えなしで
いけるこの寝台特急「北斗星」で帰ることにしたと。

仕事終わりにプライベートで旅行していることを話すと
おばちゃんから楽しい旅行をと言葉を残して、東室蘭で降りて行った。

楽しい旅行か・・・

おばちゃんもいなくなって、終点札幌まで一人きりの寝台空間。
窓の外を横に流れる線路を景色を見ていると、なぜか泣けてきた。

(おれ、まだ死にたくないよ・・・)

札幌へ少しずつ近づく度に誰にも連絡せずにここまで来てしまったことを
後悔している気持ち半分、もう戻れないなという気持ちも半分。

札幌が終着だが、私はこの世界に執着したくない。
この時点ではそう思っていた。

脱線事故でも起きればいいのに。
しかし列車は健気に定刻通りに駅を発着していく。
そしてとうとう札幌に到着してしまった。定刻11:15着。
降りる。一番先頭へ向かうと。初めて間近でみる青いDD51の重連。
北斗星のヘッドマークが誇らしげである。

初めて北海道への旅行で訪れた街。日本最東端の根室まで行ってそこで
自殺することを考えていたが、いざ札幌まで来てしまうとそんな決意も
いつの間にか揺らいでいた。あと30分ほどで釧路まで行く特急列車が
出発してしまう。その列車に乗っていくか、どうしようか。

出発10分前。まだ迷っていた。
出発5分前。まだ迷っていた。
結局乗らなかった。

札幌駅の改札を抜けて、駅周辺を歩き回ってみる。
主要都市だけに背の高いマンションが建っている。
あの高さなら、列車を見ながら飛び降りができると思っていたが、
当然ながら簡単に階段を登れるようにはなっていない。

ビジネスホテルに泊まることにした。
まだチェックインまで時間があるので、近くのネットカフェで
時間を潰すことにした。けれど気持ちはちっとも紛れない。
パソコンに向かっている時間が経てば経つほど、死ぬのが面倒臭い
気持ちになってきてしまった。

ホテルにチェックインする。部屋に入る。
まずお風呂に入って、汗を流すことにする。
人がいる。そそくさと出る。部屋に戻る。

浴衣の紐を輪にして、壁のフックで首を吊るという考えはなかった。
恐る恐る電源を切っていた携帯電話の電源を入れてみる。
留守電が溜まっていた。メールが溜まっていた。
留守電を1件聞く。削除する。また1件聞く。削除する。

待っている人が向こうにいる。
泣きながら母親に連絡する。札幌にいることを告げる。
父親に代わった。弟くんに代わった。

首を吊らなくて良かった。本当に良かった。そんな気はなかったけど。
帰ってよかったんだ。何か気が楽になってそのまま夕ご飯も食べずに
寝てしまった。あまりに早く寝たものだから、夜中の3時くらいに
目が覚めたが、もう一度寝ると目覚めたのは8時過ぎ。





朝ご飯を食べる気が起きずにひと風呂浴びて、チェックアウト。
なのにお腹が空いてくるから、買った駅弁を抱えて特急列車に乗り込む。
通路側の席だったが、駅弁を食べようとしたが止めた。
寝台特急「北斗星」とそろそろすれ違う時間である。
一番前の車両まで行き、雨で揺れて視界が悪くなっている「展望窓」から
しばらく前を見ていると、青いディーゼルカーが少し離れてすれ違った。




席に戻る。駅弁を食べる。ぼうーっとする。
車内販売がやってくる。アイスクリームを買った。
臨時があった頃の北斗星で食べたアイスクリームの味を思い出した。
ビールを飲みながら寛いだあのロビーカーに乗れなくなったのは
ちょっと残念ではある。



青森では向かいのホームで待っていた特急列車に乗り込む。
席は中学生か高校生と思しき集団で賑わっている。修学旅行だろうか。
しかし、幸いにも先頭の「展望窓」には誰もいない。



が、やはりこの事をすでに知っているようで何人かが見にやってきた。
その中に女の子は一切いない。むさ苦しい野郎ばかりが展望窓の狭い空間に
肩を寄り添うように前を見る。湿気で窓の内側が曇ってくる。

目的はひとつだけ。青函トンネルである。
普通列車が走っていないため、先頭車両から前が覗けるのはこの「展望窓」が
ついた形式の車両だけになる。
途中の木古内から乗り込んできた若そうな人も加わり、いくつかのトンネルを
抜けて、北海道最後の駅である知内を通過してしばらくすると青函トンネル。
俊足の特急列車は53kmあまりをわずか25分で駆け抜けていく。


トンネル壁をよく見ると、残りkmが数字で標識が付いている。
53から数字がどんどんカウントダウンしていく。
轟音の中を北海道新幹線工事のために乗客への駅見学が一旦休止となり、
旅客列車が一切停車することがなくなった臨時の吉岡海底駅を通り過ぎ、
しばらくすると海面下240m、トンネルの最深部を示す緑色の蛍光灯が後ろへと
流れていくと、今度は本州側に向けて上り坂となる。
竜飛海底駅も通過していき、しばらく轟音が続いて出口の光が見えてくる。

野郎たちを含めた学生の車内での自由時間が決められているらしく、
それが無情にも青函トンネルを出るまでと決められているらしい。
興味があるのか、トンネルが終わりに近くなる頃に、ふいに女の子2人組と
先生と思しき女性のも覗きにやってきたが、野郎が騒いで群がって
ただのトンネルを見て何がおもしろいのか全く理解できないと表情である。
女の子2人組に関しては、「どうやって見るの?」と囁き合っていたが、
ついぞ「展望窓」まで近づくことはなく席へ戻ってしまった。
見ようとはしたのだろうが、私のような野郎が張り付いていて戸惑ったという
というところが、本当のところだろう。


木古内から乗り込んだ若い人は青森から飛行機で帰るそうだ。
木古内から乗り込んだから北海道側の人間かと思ったが、ライトな「乗り鉄」
だったようだ。しかし、「展望窓」があるのは特急の名称に「スーパー」が
あるからすぐ分かるなんて、そんなことを知らなかったぞ!




青森に到着。先ほどの白いシャツに黒い長ズボンにスカートの学生たちは
ここで一斉に降りて行った。静かな車内を自分の指定席まで向かう。

八戸定刻着。事故に遭うこともなく、ここまで列車はやってきた。
行きもそうだったが、うれしい気持ちであっても、楽しい気持ちであっても
虚しい気持ちであっても、辛い気持ちであっても、不安な気持ちであっても
どんな時だって、定刻通りにやさしく、無言で、迷いなく列車は駅を発着する。
逃げたくなっても、帰りたくなっても、いつでも列車は待ってくれる。





後は新幹線で真っすぐと東京に向かうだけである。
東京に着く頃にはすっかり、夜20時である。
駅弁を抱えて乗り込む。夕ご飯に少し早いけれども駅弁の蓋を開ける。
八戸を出た時は曇り空で、しばらくは無粋にトンネルばかりの景色だったが
盛岡、仙台と東京に近付くたびに夕日が顔を出して窓に差し込んできた。


東京に着いてしまった。
新幹線は事故に遭うことなく、定刻どおりに到着してしまった。
東京から東海道線の普通列車に乗り換え。

ふと途中の横浜で下車。改札で210円足りませんよと言われる。
「ぐるり北海道フリーきっぷ」の東京都区内って蒲田までだったのね。
茅ヶ崎まで行かなくて良かった・・・。

2009年5月26日

つくもノヲ”X="1≠ 458



松田
7:23発

↓ 2531M 御殿場線

8:36着
沼津
8:40発

↓ 747M 東海道本線

9:16着
興津
9:25発

↓ 749M 東海道本線

10:13着
金谷
11:07発

↓ 大井川鐵道 
  臨時SL急行

12:30着
千頭
13:22発

↓ 南アルプスあぷとライン
  (大井川鐵道井川線)

15:06着
井川  ※中部電力ダムの撮影
15:48発

↓ 南アルプスあぷとライン
  (大井川鐵道井川線)

17:38着
千頭
18:14発

↓ 大井川鐵道
  普通列車

19:28着
金谷
19:31発

↓ 844M 東海道本線

20:02着
静岡
20:04発

↓ 1472M 東海道本線

20:58着
沼津
21:09発

↓ 2590M 御殿場線

22:22着
松田



小学校かその前か。父に連れて行ってもらった記憶がある。
車内販売で買ってもらった機関車形キーホルダーに収まった砂時計は
まだあるのだろうか。
鉄道博物館の新幹線関連の玩具が展示されたコーナーで、
白馬・三豊市への家族旅行で帰る途中で寄ったソフトクリーム屋で
忘れてきてしまった新幹線のNケージを思い出したように。

休日乗り放題きっぷは、東海エリアのみ有効なので
沼津までは御殿場線に乗っていく。

御殿場線でずっと「かぶりつき」をしていたおじさん。
地元の雰囲気全開、帽子は被っていないが、着ているウェアは
ゴルフなんかで着ているような背中にアルファベットが入っている
もので、英語表記があればカッコいいとか考えているのだろうか。
ワンマン列車のために降りる際はドア横の開閉ボタンを押して開けるが
冬の冷たい風が入るならまだしも、開け放しでも問題ない季節だが
ドアが開いているのが気になるらしく、すぐに閉める。
遠くへ列車旅をしていると、車中でこの手の「ドア締めじいさん」を
見かけるが、偏屈な性格である傾向が強い。

沼津から普通列車はいずれの駅も飛ばさず停車していく。
松田から沼津まで1時間、沼津から金谷まで2時間。
3時間かけてようやく金谷駅にたどり着く。

あまり記憶にないのだが、千頭駅は変わってしまっただろうか。
SLの終着駅であり、また始発駅でもあるが、そうした思い出を
確かめに行く旅である。
JR金谷駅の改札を出て、すぐ右手に大井川鐵道の金谷駅の駅舎がある。
狙ったわけではないが、臨時のSL列車が運転される。
毎日運転される11:48発の前に、11:07発に発車する。

人気のSLだから事前予約しないとだめかと思ったが、
大型連休をはずした通常の休日だったためか、
すんなりと窓側席を確保することができた。
あわせて井川線(南アルプスあぷとライン)まで乗り降り自由な
「大井川・あぷとラインフリーキップ」(5500円)を購入。
確保できなかった事を考えて、10:21発の普通列車に乗るつもりで
駅に来たわけだが、40分ほど時間が余ってしまった。
時間を潰したいが、駅の周りに喫茶店のような店がない。
探し歩くだけで終わってしまいそうなので、駅舎の中の壁に貼られた
車両の写真を見上げたり、駅舎を撮影したり・・。
売店にあった土産品のキーホルダーに見覚えのある機関車形が
ぶらさがっているのを見つけたが、砂時計であったはず部分が
中に納まっているものが、よく見ると砂時計ではなかった。
色のついたガラス管のようなものになっている。なんだろう。








目的の列車は電気機関車E102が客車とSLを最後尾としてゆっくりと
牽引して入線してきた。発車まで少々時間があるから、
客車をしげしげと観察すると、ドアも客車内の至るところで木が
使われている。合成の木目ではなく、本当の木が使われている。
車両と車両をつなぐ幌も足元を見ると、昔から使い込まれている事を
示しているように、日の光が漏れており、レールが隙間から見える。
ドア。手動である。走行中に開くと運転士に見つかるような
最新のシステムなど無縁。もちろん客が間違って開けないように
走行中は車掌がそこに立つことになる。



扇風機。「JNR」、「日本国有鉄道」のロゴ。
窓。下から全開にできる一枚窓。もっともそうでないと車内冷房に
慣れてしまっている我々は少々辛い。はじめから開いていた。
写真、特に左カーブ時に見える前の車両を撮影するにはもってこい
の環境である。ただしメガネとデジカメを落とさないように注意。




客車がガクンとひと揺れすると、そろりそろりと動き出す。
しばらくは全開の窓から覗いて前に見える車両とその先頭で
黒煙をあげる機関車を眺める。天気にも恵まれ、心地よい風が入る。
この開放感がなんとも嬉しくなる。



金谷駅の売店で買っておいた駅弁の蓋を開くとしよう。
缶ビールをプルタブを開いて、箸をつけるが、小さい頃の思い出は
蘇らない。どうも終点の千頭駅で機関車の前で記念撮影した事しか
覚えていないようだ。

ビールを飲みながら気持ちよく酔っていると、
車内販売のおばちゃんが買い物カゴをぶら下げて、やって来る。
売店では手に入らない車内限定ということで、「SL動輪焼」という
あんがびっくりするほど入っているというどら焼を一箱購入。
ついでにキーホルダーはないのかと尋ねたが、後でまた車内に
やってくるまで待ってほしいという。どうやらワゴンでは乗せきれない
売り物を買い物籠に入れて売りながら、ワゴン販売もこなす
一人二役をこなしているらしい。なんとも激務である。

7両編成と長いのは途中の駅で4号車から7号車、先頭の4両が団体が
客が乗り込むためだった。パック旅行の団体だろうか。

途中の長いトンネルをもぐっているうちに全開の窓から黒煙が
入り込み、車内もぼんやりとかすんでしまった。
トンネルの闇と車内の白熱灯とその灯がトンネルの壁に四角く
漏れているが、トンネル内にぼんやりと充満している黒煙の
せいで前方がまったく見えず、昭和にタイムスリップして夜汽車に
乗っている気分になった。読んだことはないが宮沢賢治の
「銀河鉄道の夜」のシーンに出てきてもよいくらいの雰囲気。
トンネルを抜けると、現実に戻ってしまったような、
夢の世界から抜けてしまったような。

かっぱえびせんの中身が無くなりつつあり、あと10分で終点の
千頭駅というところで、先ほどの車内販売のおばちゃんがやってきた。
やはり思い出のキーホルダーは同じ機関車形だったが、砂時計を
止めてしまい、その代わりミニライトに変わってしまったらしい。
「SL車内販売」と刺繍されたエプロンを着たおばちゃんが
走り回っているのを見て、何も買わないのは悪いような気がしたので
「大井川鐵道 C11」と刻印された矩形のキーホルダーを買った。




SLの終点千頭駅。機関車の線路の前で記念撮影ができたと思ったが
今はデッキに乗ることはあっても、線路に降りる観光客はいない。
ホーム周りも何か昔とは違って、窮屈な印象がある。
線路に降りてもよい開放感がなくなってしまったようだ。

改札そばの売店にあったキーホルダーもやはり同じだった。
かつて買ってもらった砂時計のものは無かった。
そのまま井川線の改札へ入ろうとしたが、次の発車まであと40分ほど
時間がある。しばらく機関車を見てから他のホームに停まっている
普通列車を見てみる。元近鉄特急に使われていたということで
全席クロスシート。「ビスタカー」を思い出す。



対して煙を吐く機関車の向かいのホームで停車しているのは
元京阪電鉄の特急車、車内にテレビがあったことから「テレビカー」
と呼ばれていたそうだが、車内に入ったがテレビはなかった。
こちらも元特急というだけあって、全席クロスシート。








そうしているうちにもう一つのイベントがホームで待っていた。
機関車の回送線への入れ替え作業である。
ここまで機関車が運行不能になった際に備える意味で、客車の
一番後ろに連結してやってきた電気機関車E102は一旦切り離されて
金谷方面へとポイントまでバックして、機関車と客車が停まっている
隣の線路へと入っていき、機関車と肩を並べる。

今度は機関車が金谷方面へホーム内にある渡り線までバックし、
機関車が客車から切り離されて、機関車だけまたもとの停止位置へ。
そしてまたバックして渡り線を渡って、電気機関車のすぐ後ろに
位置する格好になるが、そのままバックしていく。
しばくして電気機関車も渡り線の後ろまでバックして、今度は
渡り線を渡って、蒸気機関車が停止していた位置で停止。
渡り線のポイントが切り替わっていることを確認してから
ゆっくりと客車と連結。そしてまた停止位置まで引っ張る。

最後に客車の最後尾に蒸気機関車がゆっくりと近づいて連結。
見ていると短時間でいとも簡単にやっているように見えたが、
その作業員同士の連携は長年の経験と信頼がないと難しい仕事だ。
ブルートレインと電気機関車の連結、切り離し作業も見てきたが、
こちらの方がもっと先輩であり、迫力が違う。

前に電気機関車、客車、その後ろに蒸気機関車という今では見かける
機会があまりない光景がここでは毎日見ることができる貴重な鉄道。
鉄道博物館では展示資料こそ見られるが、動いている姿を見たり、
それに乗ったり、客車の揺れを体で感じることはできない。
電車も当時は活躍していた私鉄の車両が廃車ではなく、こうして
地元の足として活躍しているのは、当時をよくは知らない私でも
なんだか嬉しくなる。





電気機関車と客車7両と蒸気機関車の編成はホームからかなりバックして
今度は回送線と分岐するポイントの後ろで停止。
ゆっくりと回送線に入って行き、しばらくして停まった。
乗客がこうした光景を撮影する時間を考慮しているのか、
乗り換える次の井川線の発車時刻まで40分ほどあるのは丁度良かった。




そして井川線。「南アルプスあぷとライン」と呼ばれる赤い列車は
軽便チックな屋根が低い車両。後でwebで調べてみたが、やはり元々
ダム建設など敷かれた専用鉄道であり、そのためにいつも乗っている
列車や千頭まで乗ってきた客車に比べると車両規格が小さい。
SLが牽く客車同様にこちらも乗降口のドアは手動。
フックで鍵をかけるだけで、走行中も開けようと思えばできてしまう。
SLの時とは違って、車両間の通り抜けができない構造なので
一人しかいない車掌が乗っていない車両なら可能ではある。
一部車両の半分が、トロッコ列車のように柵だけになっている展望席
となっていて、ロングシートのように正面から景色を眺めることが
できるようになっている。ドアを開けなくても車外に出られてしまうが
危険なので絶対にしないように(笑)。する者はいないと思うが(笑)

この車両も冷房などそんな贅沢なものは付いていないが、
窓は上から全開にできる一枚窓。顔や手を出して撮影するには
この上なく素晴らしい環境である。乗降口のドアと天井が低いので
頭上に気をつける以外には座席も気動車なんかで見かけるクロスシート。




井川駅を離れた列車はその小ささゆえに遊園地のトロッコ列車が
普通の踏切を渡るような気分になる。
千頭森林鉄道と呼ばれていただけあって、森の中に線路が延々と
敷かれていて、駅があっても利用する人がいるのかと思えるほどの
秘境駅に停まっていく。川根小山駅のホームの狭さと低さはきっと
日本の鉄道で1位か2位を争うかもしれない。







この「南アルプスあぷとライン」のハイライトは、90‰という
急勾配を登るために設けられたアプト区間だろう。
アプトいちしろ駅に到着してしばらく停車。後に2両の電気機関車が
連結される。機関車の車輪の真ん中に歯車のついた車輪があり
これがレールの真ん中に設置されたラックレールに噛み合いながら
我々が乗っている車両を後押ししていく。
始発の伊川駅~走行中は観光案内の車内アナウンスを、ホームに
ついてから乗降客のために各車両のドアを開閉、
そしてこのアプトいちしろ駅では電気機関車が問題なく連結されたか
を確認する作業もこなす。車掌は一番大変な仕事のようだ。
そういえば、SLの乗務員は駅の窓口できっぷの販売業務もしていた。
大井川鐵道では、少ない人員でも観光客がいつでも楽しんでもらえる
ように体を張って精一杯サービスしていることが感じられる。
機関車でもそうだったが、このあぷとラインでも車両と乗務員や
作業員が一体となっていることが素晴らしい。
小さい頃に連れて行ってもらった時は気づかなかった。
今、こうして再び訪れて気づくこともある。





次の長島ダムまでがアプト区間。急勾配をゆっくりと進みながら
右手に見える長島ダムでは大量に水が放流されており、運がよければ
虹が見えることがあると車掌の車内アナウンス。
残念ながら虹は見えず。

尾盛駅はクマが目撃されたらしく、駅舎に「クマ出没注意」と白い紙
が張り出されており、車掌のアナウンスでも降りても命の保証は
できませんのでご了承くださいと告げられる。
大抵の秘境駅は命の心配までしなくて済むのだろうが、この尾盛駅は
はるかにレベルが上をいっている。こんな駅があるとは・・・。



奥大井湖上駅はさらに秘境駅としてはレベルが高い。
鉄道ファンには有名な、鉄橋上に設けられた駅であるが
はるか下には奥大井湖の水面が広がるその鉄橋の上を全開の窓から
走る姿を見るのはなかなかの壮観である。

またもうひとつの鉄橋を渡るが、枕木と鉄骨以外はなにも無いので
深い谷底が真下によく見える。落ちたらまず助かるまい。


接岨峡温泉では反対方向の列車とすれ違い。
奥泉ダムを右手にみれば、あぷとラインは終点に近い。






終点の井川駅も駅舎がないと列車のホームとは思えない。
工事車両の留置場所に駅名版を駅舎をあとで付け加えたような
感じだが、40分ほど後に発車する折り返しの列車が千頭まで行く
最終列車。夕方16時前には最終列車なのである。
この40分でできるのは駅から少し離れた中部電力のダムから
山々の景色を眺めるくらいだが、ダムや森の中の駅も含めて
この鉄道に乗らないと見ることができない景色でもある。
深い森の中に線路があるだけでなにか神秘的に感じてしまうが
そこに営業列車が走るのだから、思えば夢のような鉄道である。
昔アニメ放映していたピーターパンの話で、森の中で
白く光るレールを見たことがあるとピーターパンが話すシーンが
あった気がしたが、まさにこのあぷとラインがそのイメージ
にぴったりかもしれない。



井川駅の駅舎を出たところにある男子トイレにだけ鏡がない。
女子トイレに入るわけにもいかず、駅の窓口で鏡を借りることに
なってしまった。きっぷやお金がやりとりされる窓口越しで
鏡が渡された。トイレ内にフックがないので、外の引っ掛ける
ところを探してぶら下げて使った。洗顔ペーパーで拭うと
すぐに黒く汚れてしまった。SLの黒煙は凄まじい。
洗顔ペーパーは必携である。持っていて良かった。

大井川鐵道は列車の本数が多くないので、日帰りには向かない。
井川線で途中の奥泉からバスで寸又峡温泉まで行き、
ゆっくりと温泉に浸かりながら黒煙や汗を綺麗に流して
一泊して帰るのが王道なのだろう。

行きと同じくまた全部で61のトンネルを潜るが、
観光鉄道として、トンネルの数はできるかぎり少なくして
景色を楽しめるようにしているらしい。資材輸送が減り、
旅客輸送が主な収入源になっているが、赤字の経営状況が続き
このあぷとラインは中部電力が必要上保有している関係で
赤字は中部電力が負担している。






接阻峡温泉で接阻峡温泉止まりの反対方面から来た列車を
後に連結して、長編成となって終点千頭へと向かう。






今度はアプト区間が下り坂になる。上り坂では最後尾に連結して
後押ししていたが、今度はブレーキの役目となるべく先頭に
連結されて牽引していく。








行きは見られなかった長泉ダムの虹も帰りは見ることができた。
奥大井湖上駅の鉄橋は「レインボーブリッジ」と呼ばれているが
車掌の観光アナウンスでは「これが本当のレインボーブリッジ」
とうまいことを告げる。
2時間近くも乗っていれば、ビールも飲みたくなるが
残念ながらトイレはないので、最終列車の乗る際には要注意。
つまり終点の千頭までトイレに行きたくても我慢である。



千頭から普通列車である。行きに見かけた元近鉄の特急車の
クロスシートに腰を落ち着け、発車するのを待つ。
といっても、少し時間があるので改札の外に出て、食べ物と
飲み物を井川線の踏み切りそばの商店で仕入れて戻ってくると
改札横の「SL資料館」が気になった。開館時間は16時までと
なっているようだが、扉が開いており「開館中」と出ている。
きっぷの窓口で記念入館券(100円)が購入できるらしいので
窓口で購入。駅員はすでに閉館してドアを施錠をしている
ものと思ったらしく、見てもよいと承諾を得た。


発車まで10分ちょっとだが、展示されたヘッドマークや部品、
写真などを一通り眺め、出ようと思って最後に見た展示物、
車体下部に取り付けれる「小田急電鉄」の銘板とともに
この大井川鐵道をかつて走った時の小田急ロマンスカーの写真。
ヘッドマークは「おおいかわ」である。
こんなところで小田急とつながりがあるとは思わなかった。
今、このロマンスカーが大井川鐵道で走るとしたら鉄道ファン
どころか、一般人を含めて大変な騒ぎとなるだろう。
私も会社を休んででも乗り行くだろう。




普通列車だが、トイレはない。
元特急車両なので、トイレがあるのかと思ったが油断した。
しかしなんとか我慢はできそうだ。
あまり乗客がいないので、固定ボックスになっている向かいの
シートに足を投げ出して寛がせてもらう。
しばらくすると夕焼けを背景に、手前の大井川が流れる景色に
本当にたそがれる。「たそがれきっぷ」がなくても十分である。
一日大井川鐵道三昧だったが、今度は寸又峡温泉あたりにでも
宿泊してゆっくりと帰ってくる旅としたい。



おまけ。
松田駅で小田急線に乗り換えると新松田止まりの赤い1000形。
向かいに急行本厚木行き。時刻表では休日に2本のみ設定されている。
実は平日朝にも別の駅でこうしたネタ列車同士の組み合わせが
あるが、それはまた別の機会に。

2009年5月22日

つくもノヲ”X="1≠ 457



海老名
14:08発

↓ 1369F 相模線

14:36着
橋本
14:49発

↓ 1317K 横浜線

15:00着
八王子
15:10発

↓ 1528T 中央本線
  中央特別快速

15:21着
立川
15:25発

↓ 1532F 南武線

15:40着
南多摩
16:28発

↓ 8014F 南武線 ※臨時列車

17:04着
尻手
17:25発

↓ 1712H 南武線

17:33着
浜川崎 
17:43発

↓ 1707 鶴見線

17:47発
扇町
18:02発

↓ 1806 鶴見線

18:06着
浜川崎 ※駅周辺の散策・リゾート踊り子92号の撮影
19:17発

↓ 1903H 南武線
 
19:24着
尻手
19:27発

↓ 1923F 南武線

20:19着
立川  ※晩御飯・偶然の団体列車を撮影
20:50発

↓ 2027T

21:00着
八王子
21:04発

↓ 2134K 横浜線

21:29着
町田


JR時刻表5月号を開いてみると、鉄道オタクとして
実に興味深い運転路線を走る特急列車が記載されている。
東海道本線のページを開いてみると、伊豆急下田へゆく
リゾート踊り子号、その始発は立川。しかも停車駅は
南武線の主要駅。南武線に初の特急列車が走ることになった。
それだけではない。さらに見ると南武線の武蔵小杉の次は横浜。
南武線から直接東海道本線へと行く線路はない。
ここが最大の見所。南武線は尻手から南武支線が浜川崎まで
伸びている。この南武支線の終点である浜川崎でスイッチバックして
再び南武支線に戻り、途中から分岐している貨物線を走って
東海道本線へ走るというとんでもない臨時列車である。





毎度お世話になっているホリデー・パスを握り締め、
まずは八王子まで横浜線で出る。今回は南武線特集、東京競馬開催に
伴う臨時列車が運転されると駅の時刻表に張られた紙。
途中の南多摩で下車して、臨時の16:28発をホームで待つ。
臨時列車を見に行くのに、臨時列車に乗っていく。
これだけでもなぜか嬉しくなってしまう。変態かもしれない。






よく調べていなかったが、JR時刻表に書かれている停車駅の発車時刻から
浜川崎に臨時列車がやって来るのは19時前後と思われる。
浜川崎に到着したが、少し時間があるので鶴見線で終点の扇町まで
乗ってみる。扇町は前に一度訪問しているが、工場大好き人間でないと
そこで働く人以外は何もすることがない処である。
折り返しの列車で一旦浜川崎に戻る。改札を抜けて、ホームへと向かうと
同じ列車が目的と思われる人たちが数人、思い思いの場所で待っている。
どうやらホームの前の線路を走ってくるものと思われる。

video

待っている間に少し奥の線路に貨物列車が轟音を立てて走り去る。
19時10分少し前、踏切が鳴り出してしばらくすると南武線の尻手方面から
ヘッドライトとともにその「黒船列車」はゆっくりとやって来た。
そのままゆっくりと奥の踏切を渡り、奥の貨物ヤードでしばらく停車。
またゆっくりとこちらへ戻ってきた「黒船列車」は、再び尻手方面へと
南武支線を走り去っていった。




最近良く見かける団体臨時列車。
立川から中央線の特別快速に乗り、座って発車を待っていると
ホームのアナウンスで団体列車が向かいのホームにやってくると
聞けば、そのまま乗っていた列車を降りてもちろん撮影。
臨時列車に乗り、見て、撮影する。臨時列車三昧の旅であった。

2009年5月20日

つくもノヲ”X="1≠ 456



名古屋 ※「豊橋往復きっぷ」を購入
11:13発

↓ 5320F 東海道本線
  新快速


12:00着
豊橋 ※下車。「休日乗り放題きっぷ」を購入
    昼ご飯 
12:47発

↓ 952M 東海道本線

13:20着
浜松  
13:30発

↓ 792M 東海道本線

14:40着
静岡 ※甲種輸送通過を目撃
14:54発

↓ 1460M 東海道本線
  ※草薙付近で車内から停車中の甲種輸送を撮影

15:48着
沼津 ※停車した甲種輸送の撮影
    駅前の喫茶店で休憩 
17:01発

↓ 2576M 御殿場線

18:10着
松田 


青春18きっぷのような、早朝の列車で出発する旅
ではないから、9時近くまで寝ていた。
外は曇り。しかししばらくすると小雨が振り出した。
テレビをつけてぼんやりと。
シャワーで寝癖を直し、体を流す。




名古屋駅のみどりの窓口で、「豊橋往復きっぷ」を
購入。そのキップで豊橋まで乗っていく。
豊橋で一旦下車。ここで別のきっぷを購入する。
「休日乗り放題きっぷ」は地元近くの松田まで
3000円足らずで乗り降り自由だから、土休日限定だが
大井川鉄道に乗りに行くときには重宝するだろう。
途中の浜松まではなんとか気持ちを保っていたが
浜松から先の静岡まではロングシートのためだろうか
気分が憂鬱になり、ついに意識が落ちてしまった。



静岡で次の列車を待っていると幸運に出会った。
ホームでカメラを構えている人が数人見かけたが、
そのレンズの向けている方向を見てそのままホームで
待っていると、突如電気機関車が通過してきた。
京王車両の甲種輸送である。
とっさの出来事に何とかデジカメを構えてみたが
牽引された京王車両を構図に入れて撮影する間もなく
走り去ってしまった。


もう撮影チャンスはないのかと少しがっかりしながら
次の列車に乗り込み、前面展望していると
先ほどの甲種輸送が隣の線路に停留しているのを確認。
これなら先回りしてもう一度撮影できる。


何となく沼津で待ってみることにした。
御殿場線ホームの静岡寄りにはカメラを構える人たち。
その中で夫婦と思われる2人に声を掛けてみたところ
やはりこれからやって来る甲種輸送を待っているという。
草薙で停車している甲種輸送を見かけたことを話すと
親切にもこの沼津駅のどの線路に停車するかを
教えて頂いた。そのまま夫婦の隣でしばらく甲種輸送が
やってくるのを待ってみることにする。




16時過ぎ。ゆっくりと目的の列車は走ってきた。
そろそろとやってきて中ほどでしばらく停車。
これなら編成全体をゆっくりと撮影できると興奮しながら
デジカメのシャッターを何度も押す。
撮影できたことに満足した後は滅多に見かけない甲種輸送を
舐めるようにして見ていると、ようやくうなりをあげて
電気機関車とともに走り去っていった。

次の松田まで行く御殿場線の列車は約1時間後。
駅前の喫茶店でコーヒーでも飲みながら帰ることにしよう。

つくもノヲ”X="1≠ 455



大阪
16:15着

↓ 3486M 東海道本線
  新快速

17:13着
野洲
17:14発

↓ 790T 東海道本線

17:49着
米原
18:16発

↓ 236F 東海道本線

18:50着
大垣
18:55発

↓ 2112F 東海道本線
  特別快速

19:28着
名古屋


明日は土曜日。休みである。
そのまま新幹線で帰る気などなく、ここは
普通列車でひたすら時間をかけて帰ることにした。


会社から新幹線代が出るが、乗車券と自由席特急券を
一旦購入して払い戻す。領収書だけは手元に残し
普通列車で帰ることにする。するとカプセルホテル
一泊分できるだけが浮く。夕方16時過ぎでは、その日の
うちに普通列車だけでは家路には到着できない。

途中で泊まる事になるが、名古屋とした。
運賃計算による明確な理由がある。

新幹線で帰る場合、乗車券は大阪から小田原まで。
運賃は7350円。しかし、東海道本線の沼津から
御殿場線に乗換えて、松田まで行くと自宅の
最寄り駅まで小田急線ならたった一駅で済む。

普通に大阪から松田までの乗車券を購入すると
運賃は7670円になるが、これをトクトクきっぷを
組み合わせると少し安く済むのである。

大阪から名古屋の間もトクトクきっぷがあれば
利用したいが、生憎そうした設定はないため
名古屋までは素直に乗車券を購入する。
運賃は大阪~名古屋で3260円。

名古屋から先が肝となる。
ここで利用するのが当日販売限定の「豊橋往復きっぷ」
土休日利用限定の「休日乗り放題きっぷ」である。
前者の往復きっぷは平日だと休日よりも300円高く、
区間は名古屋~豊橋。休日である明日、名古屋駅で
きっぷ購入するためには名古屋で宿泊する必要がある。
料金は1500円。

後者のきっぷは豊橋から先の熱海、沼津から国府津までの
御殿場線全区間がフリーエリアになっている。
料金は2600円。

つまり、料金合計は
大阪~名古屋   乗車券3260円
「豊橋往復きっぷ」   1500円
「休日乗り放題きっぷ」 2600円

で、7360円となってまともに大阪~小田原の乗車券を
買った場合の運賃7350円とたった10円の差で、松田まで
乗ることができるのである。
特に豊橋から先の「休日乗り放題きっぷ」は名の通り
乗り放題なので、乗車券ではルートの後戻りができない
という制約から解放され、気になった駅で降りて
また豊橋まで戻って、そのまま熱海まで行ったりと
気ままに乗り降りする旅が可能である。
王道なプランとしては、金谷で降りて蒸気機関車の
定期運転で有名な大井川鉄道に乗り行くなど。

JR時刻表のピンク色のページには組み合わせると
料金で威力を発揮するお得なきっぷ情報が出ているので
旅をするときは見逃すと勿体無い。



「青春18きっぷ」を使って何度か旅をしているが、
このJR東海区間を普通列車でまともに乗り通した
ことがなかった。夜中の内に快速「ムーンライトながら」
で通り過ぎるだけで、日中の車窓を見てみたいという
理由が実は今回の旅では大きかったりする。

米原では次の豊橋行きまで約30分も待たされる。
その間に隣のホームを新幹線が発着していく。
JR東海はJR新幹線に社名を変えたほうがいいくらい
在来線を冷遇しているような気がしてならない。



名古屋駅の改札を抜け、駅前を見渡すと
歩き探さなくてもすぐに目に付くビジネスホテルの看板。
ストレートに「サラリーマンホテル」と銘打った看板もある。
いろんな街の駅前を見てきたが、これほど駅前に
ビジネスホテルが密集するところも珍しいかもしれない。
個人的には探す手間が省けるので好都合ではある。

一軒のビジネスホテルに投宿すると、まずは荷物を
部屋に置いて身軽になって夜の名古屋駅周辺に繰り出す。
商店街も色んな店があり、飲食店も豊富にある。
どこの店で食べようかと歩きながら楽しくなってくる。

しばらく歩き回った末に入ったラーメン屋は若者2人が
店員だったが、パンクな雰囲気の店であった。
だがラーメンは普通に旨かった。
ほろ酔い気分でホテルに戻って・・・・。

2009年5月19日

つくもノヲ”X="1≠ 454



松田
8:30発

↓ 1M 御殿場線
  特急 あさぎり1号

9:23着
沼津
9:30発

↓ 1427M 東海道本線

9:51着
富士
10:08発

↓ 4003M 身延線
  特急 ふじかわ3号

11:11着
下部温泉 ※ふらっと昼飯
12:24発

↓ 3629M 身延線

13:25着
甲府  ※ネットカフェで休憩
19:42発

↓ 32M 中央本線
  特急 スーパーあずさ32号

20:36着
八王子
20:45発

↓ 2050K 横浜線

21:11着
町田

やる事がありすぎて、気持ちが溢れてしまった今日。
自宅の最寄駅の改札を抜けたあと、体調不良ということで
会社を休むことにした。

そのまま家に帰っても何もすることはないので、
仕事とは反対方向、小田原方面の列車に乗り込んだ。
ふと身延線に乗ってみようと思った。

ここで書いてしまうのもどうかと思ったが、
実は少し前に自殺しようと思ったことがある。
大学卒業を控え、就職活動がうまく進まないこと、
親からは早く仕事が決まってほしいことを日々言われ
生きるのが嫌になってしまったことがあった。
自殺の名所である青木ヶ原樹海がすぐに思いつき
身延線に乗って、途中の駅から歩いて樹海まで
行こうと実行に移したことがあった。 

樹海に行くための交通機関はかなり不便で、
富士駅から出ている数少ない路線バスを逃すと、
あとは車で行く以外にはない。そんな道のりを
駅から夏の暑い日に歩いていこうとしたのだから
今思えば無謀極まりない。
自殺するつもりで結局中途半端な気持ち、
脳裏に家族の顔が思い出され、家に帰ることにした。
連絡もせずに遺書のようなものをパソコンに残して
家を出たものだから、親からもう少しで警察に
捜索願いが出るところまで心配させてしまった。

そんな身延線に再び乗ろうとしているわけだが
一度そうした前科を犯してしまっているので
親にもメールで会社を休みとした事を連絡しておいた。
だが半分はこのまま帰りたくない気持ちもあった。





御殿場線の松田駅ホーム。次にやってくる沼津行き
8:12発に乗るつもりで待っていたが、ふとその後に
小田急線とこの松田駅を結ぶ連絡線を経由して
やってくる特急あさぎり号に乗ってみたくなり、
あさぎり号の発着ホームで連絡線からの入線風景を
見るために待っていると、8:00丁度に沼津方面から
見慣れない列車がゆっくりと入線してきた。
「団体」と方向幕が表示された国鉄色の列車は
改札からやって来た子供たちを乗せて発車を待つ。





8:12発の沼津行きが国府津方面からホームへと
停車すると、入れ替わるように団体列車は国府津
方面へとゆっくりと出発していった。
小田急線への連絡線に入っていったらもっと面白い
絵になるだろうにという期待はあったけれど。
思わぬ団体列車との遭遇でさっきまでの嫌な気持ちが
少し軽くなった気がしたが、それでもまだ家に
帰ろうという気持ちはなかった。




そのまま特急あさぎり号がやってくるのを待つ。
小田急線からの連絡線からゆっくりとこちらに
やってきた見慣れた特急車両。ここから乗るのは
実は人生初めてであったりする。
小田急線内は安いのに、JR御殿場線区間となると
高くなる特急料金は、小田急線なら600円くらいの
距離が2倍の1240円。人が疎らな車内は静かで快適。
今日は勝手に会社に行かないことにしたためか
会社へ向かう緊張感が無くなったらしく、
お通じが急に良くなった。
トイレに入り、このまま帰りたくないという気持ちが
明滅しているのを感じてくる。



沼津に到着。東海道本線に乗り換えて富士へ。
富士では改札を出たすぐそばで身延線の富士宮で
名物のB級グルメである「富士宮やきそば」の幟が
目に付いたが、残念なことにテイクアウトは応じて
いないと店員に言われてしまった。
次に身延線にやってくる特急ふじかわ号で
テイクアウトしたそのやきそばを食べようという
目論見は失敗し、向かいのキオスクで売っていた
普通の焼そばを買って、先ほどの店員を睨みながら
改札へ入るというせめてもの抵抗を試みたが、
それでどうにかなるものではなかった。




特急ふじかわ号の車両を見ると、今は臨時列車
となった快速「ムーンライトながら」と同じだ。
方や指定席料金510円、しかし同じ車両なのに
こちらは特急料金1610円がかかるという。
最初は下部温泉からしばらく樹海に向けて
歩いてみようと思って、乗車券も特急券も
下部温泉までしか買わなかった。




特急列車に乗っているうちに、ひとまず
ネットカフェに落ち着こうと考える。
しかし下部温泉にはありそうにない。
終点の甲府まで買っておけば良かったなと軽く後悔。
下部温泉のホームに降りたときにはもう当てもなく
歩こうとは考えておらず、駅前の食堂で昼飯にと
うどんと瓶ビールを頼んだ。

次の甲府行きの発車まで1時間近くあるので
ゆっくりと瓶ビールを傾ける。
平日の昼間から、見た目サラリーマンがアルコールを
飲んでいることの背徳感を感じつつもほろ酔いで
また駅へと戻る。



甲府に着いて、駅前を歩いてみるがネットカフェは
見つからない。携帯で近くにないか検索すると
1件見つかったが、駅からだいぶ離れている模様。
国道20号線は駅から30分ほど歩いた距離にあり、
さらに20号線沿いに歩いてみたが、目的の住所に
たどり着けない。途中のコンビニエンスの店員に
道を尋ねて駅から歩くこと2時間近くしてようやく
目的のネットカフェを見つけることができた。

ネットカフェで、ある情報についてネット検索しようと
思ったがやめ、DVDで気になっていた劇場版アニメが
あったので、借りて見ることにした。
「エヴァンゲリヲン 序」だが、やけに絵がくっきりと
綺麗になっていることに少し驚いたが、主人公の
碇シンジの現実逃避する姿、その姿を周りから諭されて
いる状況は今、こうして逃げている私も同じである。
気分が晴れるどころか、逆に現実から逃げている自分を
指摘された気分でネットカフェを出ることになった。
家に帰ろう。明日は会社へ行くことにする。

2009年5月17日

つくもノヲ”X="1≠ 453



町田
15:18発

↓ 1411K 横浜線

15:43着
八王子
15:49発

↓ 551M 中央本線

16:41着
大月
16:48発

↓ 富士急行
  フジサン特急11号

17:05着
都留文科大学前
17:13発

↓ 9572M 富士急行~中央本線
  快速 富士芝桜まつり号

19:14着
新宿
19:21発

↓ 1813F 山手線
  快速 (埼京線) 

19:27着
池袋 ※快速 フェアーウェイの撮影
20:00発

↓ 2760E 山手線~東北本線
  快速 湘南新宿ライン

20:25着
大宮 ※フェアーウェイ(?)回送の撮影
    宿泊




母親さんに少し早い母の日プレゼント。
普段一緒に話す時間を作っていなかったので、外でご飯を食べる
という母親に便乗する形で昼ご飯代を出すことにした。
地元の駅前にあるレストランは落ち着いたハワイ風な静かなBGMが
流れていて落ち着いた店内。ロコモコは私には量が少し物足りない。
食後のケーキで丁度お腹が満たされ、一旦自宅に戻るという母親と
駅で別れて、さっそく改札へと向かう。





大型連休が終わったにも関わらず、またすぐにやってくる土曜日に
再びホリデー・パスを使った臨時列車追っかけの旅をしてきたのだ。

今回のターゲットは臨時快速列車「富士芝桜まつり号」。
この前にも似た名前で「お座敷富士芝桜号」が新宿まで臨時運転
しているが、こちらは全車両指定席のために乗るのは諦めた。




大月から今回初めて富士急行に乗るが、うまい具合に前から
気になっていた「フジサン特急」に乗ることになった。
富士急行のマスコットキャラとして、手書き感たっぷりの
富士山キャラは100種類描かれているらしい。
途中の都留文化大学前まで、このフジサン特急に揺られ
都留文化大学前からターゲットの列車に乗ろうという予定だ。




3両編成の一番前の車両が自由席だったことが幸いして、
運転席後ろから、乗車を諦めた「お座敷富士芝桜号」と
すれ違うシーンを撮影することができた。
特急はこの臨時列車とすれ違いのために駅に停車したが
そばの踏切では、この臨時列車をカメラに収めようと
少年が一人、やってきた普段見慣れない紫色の列車に
遮断棒越しにレンズを向けていた。



都留文化大学前では一旦改札を抜け、また帰りの大月までの
切符を買っていると、駅員のおばちゃんは子供が一人で
列車に乗るのを心配して、途中でお腹が空くだろうからと
売り物であろう煎餅を持たせている。
小さいうちは親切にしてくれる人も、私のような大人では
当然ながら無条件で煎餅をくれるようなことはない(笑)
果たして、煎餅をもらった子供はお礼を言わなかった。
というより、知らない人と話してはいけないという教育が
この子供にされているのかもしれない。





17:13。目的の臨時列車がゆっくりとホームへとやってきた。
6両のうち、真ん中の2両が自由席。何とか進行方向右側の
窓側席を確保することができた。大月では富士急行の大月ではなく
連絡線を渡って、中央本線の大月駅に停車する。その連絡線へと
渡る光景は右側でないと見ることができないからだ。






個人的にハイライトであるこの連絡線の後は何もない。
新宿につくまでぼんやりと列車に揺られていくだけである。







新宿に定刻到着。今度は池袋へと移動する。
乗り込んだ埼京線はちょうど帰宅ラッシュ時間帯だったようで
噂どおりの超満員電車。確かに別名「痴漢電車」と呼ばれている
ように、すぐにでも痴漢が起きそうな車内である。

池袋では臨時の快速列車「快速 フェアーウェイ」を待つが、
ここで隣のホームからのサプライズ。
見慣れない紫色の列車がしずしずと通過していくではないか。
去年天皇のお召し列車として使われたとして話題となった
E655系電車である。ここで見られるとは思っていなかったので、
慌ててカメラを構えたがゆえに後追いで、ブレた写真に・・。




何となくこの列車の行方を追いたくなり、後の列車で大宮へ
行ってみたが、車庫に停まっているのではという期待虚しく
紫色の列車を見かけることはなかった。
その代わり、臨時快速「フェアウェイ」(?)で使われたと
思われる国鉄色の回送列車に遭遇。ま、よしとするか・・・。

大宮駅から少し離れたのビジネスホテルで一夜を明かすことにし、
駅周辺のラーメン屋でラーメンを食べ、瓶ビールを傾け、
そしてほろ酔いでまたホテルの部屋へと戻ったのである。


翌日。せっかく大宮に来たのにそのまま帰るのも勿体ない気が
したので、鉄道博物館まで足を向けてみることにした。
今回はニューシャトルに乗らずに宿泊したホテルから
2kmほどを歩いて行ってみる。
初夏を思わせる強い日差しの中、20分ほど歩くと到着。


休日限定らしく、展示されている新幹線200系の普段は
収納されている連結器が出るところを見せながら、
新幹線が安全に走行するための仕組みをパネルを使いながら
分かりやすく説明してくれる実演を見ることができた。
200系そのものが走っていない現在、ヘッドセットのマイクで
説明をしていた人も言っていたが、確かに実物の連結器が出たり、
収納される様子はこの鉄道博物館でしか見ることができない
貴重なシーンである。


鉄道博物館にやって来た目的は、廃止されたある駅について
資料を閲覧したいためである。
鉄道関連の資料が閲覧できる部屋が2階にあるようだが、
その前にこれもタイミングよく、「時刻表コレクション」
というものが特別スペースで開催している。
今では入手が困難な昔の時刻表や時刻表の表紙がずらっと
写真として展示されている。
その入手困難な時刻表もガラスケースの中ではなく、
実際にページを捲って見ることができる。

昭和20年の時刻表、その路線索引地図を開いてみる。
北海道の「稚内」に目をやると、ひとつ上に「稚内桟橋」。
当時、稚内からサハリンの大泊を結んでいた稚泊航路利用客の
ために現在の稚内駅から更に線路を延ばした先に稚内桟橋駅があり
青函連絡船のように、ホームを降りた客が接岸された大泊へ向かう
船に乗り込んでいく光景があった。
時折、北の果ての海は時化、襲ってくる大波から乗客を守るために
現在も残っているのが「北防波堤ドーム」と呼ばれる防波堤である。
いくつも並ぶ柱がパルテノン宮殿のような独特の雰囲気があり、
このドームに列車が横付けされていたのである。
駅が廃止され、当時のドームは経年腐食していき取り壊されたが
当時を強い要望で、ドームは当初と同じ形に復元され今に至る。

その展示を後にして、閲覧室の扉を開ける。
静かな室内に2,3人が資料を見たり、熱心に紙に書き写している。
資料は閉架式で、入り口近くの図書目録カードから見たい資料の
番号やタイトルを確認して、閲覧票に書いて受付に渡す。
しばらく待つと、受付が奥から資料を持ってくるという
国会図書館方式である。

本屋のように棚に並んだ本を片っ端から開いて見れないので、
図書目録カードに書かれたタイトルから関連がありそうなものを
ピックアップしてみるしかない。最初は樺太鉄道について書かれた
資料を3冊確認してみたが、肝心の稚内桟橋駅の写真がない。
5冊目にしてようやく小さいけれどもドーム内のホームの様子を
改札側から撮影された写真を見ることができた。
webでも写真を載せているサイトが見つけていたが、写真だけでは
列車がどのようにホームへと発着したのかが全くわからなかった。
何冊かの確認した資料にはホームの配線図も描かれており、
ドームの柱側に列車が横付けされ、ドーム内のホームを桟橋に
向けて列車を降りた乗客が歩いていった光景を想像できた。
ドームを出て桟橋に向かう途中、当時の乗客はどんな気持ちで、
夜空に輝く北斗七星を見上げていたのだろうか。
荒波が襲う航路にどんな希望を託していたのだろう。
駅が無き今、想像しかできないが、タイムスリップして少しだけでも
その光景を実際に目に出来たらと思う。


2階に常時展示されている年表は鉄道が誕生してから現在に至るまでの
変遷を写真入りで見ることができるが、私が生まれた年である昭和57年
に「青春18のびのびきっぷ」が販売開始されたことを知った。
今は「青春18きっぷ」に改名されて鉄道ファンやファンでなくても、
かなりの知名度があるこのきっぷは私と同い年ということになる。






休日限定イベントは先程の200系新幹線の連結器実演だけでなく
中央の転車台に鎮座されているC57形蒸気機関車の汽笛を鳴らしたり、
転車台そのものもゆっくりと動かすイベントも実施された。
鉄道博物館は資料の常時展示だけでなく、時折こうした期間限定の
イベントも実施するようで、何度来ても飽きない工夫がされている。








外には「フレンドリートレイン」「ランチトレイン」と名づけられた
車両が置かれ、車内で飲食や休憩ができるようになっている。
そばの店で駅弁とお茶を買って、早速車内で駅弁を広げてみる。
車両が動いているともっとよいが、実際の車内で飲食できるだけでも
贅沢というものかもしれない。飲食用に設置されている車両なので
車内にトイレはないので、利用する際は要注意。

1日では時間が足りない。次回来るときは資料閲覧にゆっくりと
時間をかけたいと思っている。

つくもノヲ”X="1≠ 452



高尾
14:58発 ※乗り間違えた

↓ 549M 中央本線

15:28着
四方津
15:57発

↓ 9476M 中央本線~武蔵野線
  快速 ホリデー快速 河口湖4号

16:58着
新秋津
17:10発

↓ 1552E 武蔵野線

17:18着
西国分寺
17:21発

↓ 1671T 中央本線

17:37着
八王子 ※特急 はまかいじ号の撮影
18:15発

↓ 9592M 中央本線
  快速 ホリデー快速 ビューやまなし号

18:53着
新宿  ※特急 スーパービュー踊り子10号
     特急 日光84号の撮影



手元にあるJR時刻表5月号を開いてみる。
斜体の時刻数字は運転日が限定された臨時列車。

全国を巡って行きたい気持ちがあるが、
ホリデー・パスのエリア内でもいくつか臨時列車が
走っているようだ。

ホリデー・パス片手に横浜線の町田駅からスタート。
まずは八王子へと向かう。
八王子からは大月へと向かうが、家を出発する時間が
遅かったが何とか大月から乗れそうである。
これから乗ろうとしている臨時の快速列車。
富士急行からやってくる「ホリデー快速 河口湖4号」。
午前中にJRの中央本線の大月から私鉄の富士急行へと
直通運転しており、これから乗ろうとしているのは
富士急行からの帰りの上り列車である。

高尾で大月方面への列車を待っていたが、
やってきた列車が14:40発だと思い込んで乗り込んだが
40分になっても発車しない。すると隣のホームから列車が
発車していく。58分発の列車であると車内アナウンスで
ようやく1本後の列車であることに気づく。
時刻表で確認するが、大月には15:43着。
乗ろうとしている臨時列車の大月発は15:43発。
つまりこの列車が大月に到着すると同時に臨時列車は
発車してしまい、乗ることができないのである。
仕方ないので、途中の四方津で乗ることになった。




四方津駅に降り立つと生憎の雨。ホームから逃げるように
一旦改札外の待合スペースで待つことにする。
改札からホームが見え、しばらくして東京行きの
普通列車が止まる。東京や新宿で見かける最新の車両だが、
この四方津までやって来ると扉も半自動。
普段見かけることがない光景に少し違和感がある。
ここでは都会人には押される事がない開閉ボタンが
大活躍しているようだ。

そろそろ到着時間。ホームの先頭車が止まる位置では
傘を差さないといけない。ゆっくりと入線してきた
国鉄色(?)は、臨時列車でもう何度か見慣れた感がある。
一部自由席だが、通路を仕切るドアから車内を覗いてみたが
しばらくは座れそうにないようだ。





それでも途中の駅で降りていき、何とか窓側に座れた。
窓側も進行方向右側であることがポイントだ。
中央線で立川に停車した後は普段通らないトンネルを潜って、
武蔵野線へと入っていく光景が見られるからだ。
トンネルに潜る瞬間を楽しむなら左でも右でも構わないが
潜った後に武蔵野線へと合流する様子は右側でないと
拝めないからだ。



このまま終点の大宮まで乗り通したいという「乗り鉄」魂が
少し騒ぎ出すが、そこはぐっと我慢して途中の新小平で下車。
次の臨時特急列車を撮影するためにはこの新秋津から
八王子へと引き返さないと間に合わない。

引き返す武蔵野線の車内、最後尾車両から鎌倉から秘密の
トンネルを抜けて八王子、そして武蔵野線を経て大宮へと
向かう臨時快速列車「ホリデー快速鎌倉号」を新小平で
狙おうと思ったが、思いのほか速いスピードでトンネルへと
消えてしまい、シャッターを切るタイミングを逃してしまった。




ある列車とは知る人ぞ知る「特急はまかいじ号」である。
中央本線の松本始発であるこの列車は八王子から横浜線と
直通する、横浜線にとっては数少ない特急列車。
それだけに雨が降っているにも関わらず、「はまかいじ号」が
発着するホーム先端の東京寄りには2,3人ほど横浜線へと
入っていくシーンをカメラに収めようと待つ姿を見かけた。



今度は前の「青春18きっぷ」の旅でも一度乗ったことがある
臨時快速列車「ホリデー快速ビューやまなし号」で終点新宿へ。
全車両2階建て車両であり、眺めはもちろん2階席がいいが
座ってみると、天井が低いこととその天井にあわせて内側に湾曲
している窓がちょっと圧迫感があり、2度目だが用がない限りは
あまり乗りたいとは思えない車両だ。





前回は台風による雷雨で、途中からダイヤが大幅に乱れたが
今回の雨ではどうやらダイヤ通りに新宿へと到着できそうである。
新宿駅では降りたホームの向かいにやってくる臨時の特急列車を
続けて2本待つ。数少ない大宮行きの「スーパービュー踊り子10号」。
そして東武鉄道の東武日光から直通運転の横浜行き「日光84号」。
滅多に見られない電光の行先表示とやってきた列車の方向幕。
最後は半ば義務的な感じだが、それでも充実した小さな旅であった。

2009年5月5日

つくもノヲ”X="1≠ 451



小田原
4:30発

↓ 720M 東海道本線

5:52着
東京
5:56発

↓ ??? 東北本線

6:03着
上野
6:16発

↓ 827M 東北本線

6:41着
大宮
7:03発

↓ 9420M 武蔵野線~中央本線~青梅線
  快速 むさしの奥多摩号

9:07着
奥多摩
9:16発

↓ ??? 青梅線

9:56着
青梅
10:50

↓ ??? 青梅線

11:21着
立川
11:26発

↓ 1180T 中央本線
  快速

11:32着
西国分寺 ※12:00 臨時列車の回送通過
12:06発

↓ 1261E 武蔵野線
  快速

12:32着
武蔵浦和
12:48発

↓ 1137F 東北本線
  快速

13:01着
日進   ※乗り過ごした
13:08発

↓ 1286F 川越線
  快速

13:13着
大宮
13:30発

↓ 3150Y 東北本線~山手線~東海道本線
  特別快速 湘南新宿ライン

14:27着
横浜

家にあるJR時刻表3月号の巻頭の黄色いページには
各JRエリアの増発列車(=臨時列車)の時刻が載っている。
東日本エリアで「ホリデー・パス」にエリアにあるものとして
目についたのが、大宮から武蔵野線を経由して青梅線は
奥多摩まで快速運転する臨時列車「むさしの奥多摩号」である。
4両編成で外見は昔の中央線で使われた通勤車両の塗装を
変えただけのように見えるが、青梅線から山々がよく見えるように
4両のうちの1両は窓側に向いたシートが並んでいる。
その後ろによく見かけるロングシートがある。
残りの3両も片側はロングシートだが、もう片側はクロスシートに
なっているというなんとも珍しいシート構成になっている。

はじめは、地元を小田急の始発列車の乗れば間に合うかと思ったが、
始発である5時過ぎに乗っても、大宮には7時前に到着することが
できない。臨時列車を始発から乗るためには今夜は途中で
一泊してから早朝出発する必要があった。

定期券とホリデー・パスを有効に使って交通費は安く済ませたい。
最初は定期券内からそのままホリデー・パスで行って
帰ってこられる、JR相模線の厚木駅や海老名駅を考えたが
ここからではもう少しのところで大宮7時前には到着できない。

時刻表のページを行ったり、戻ったりして
小田原駅からなら、ギリギリ間に合うことがわかった。
つまり、今夜は小田原駅に宿泊してから早朝の列車で
大宮へ向かうことにしたのである。

その前にわが弟君の誕生日を久々に家族揃って、
最寄り駅近くの焼肉屋で祝った後、ビールと焼酎でほろ酔いの
その足で小田原まで小田急線で向かうことにした。
21時前に小田原駅に到着。早朝4時過ぎには駅へと向かうことを
考えると、ビジネスホテルでは勿体無い。

カプセルホテルがよいが、駅前には見渡す限りない。
駅前にひっそりと唯一あるネットカフェを今夜の宿とすることにした。
派手に看板が出ているわけではないので、
知らないと本当に分からない場所にある。
雑居ビル5Fへはぼろいエレベーターで上がる。

前に使ってみていいなと思ったマット席が今日は満席という。
リクライニングシートのしかも喫煙席しか空いてなかった。
2,3時間ほど座ってネットをする分には快適だが、仮眠を取ると
なるとリクライニングシートではとても眠れない。
「ムーンライトえちご」や「ムーンライトながら」のように
座席が揺れるわけではないが、見た目と違い、眠れる代物ではない。
個室といっても最低限のスペースしかないので、実はちょっと席を
外すときにはシートを前や後ろに少し移動させないといけないので
ちょっと面倒だったりする。

ネット環境が目の前にあっても、実はネットで調べることは何もない。
やることといったら、持参したJR時刻表で時間を確認してみたり、
ドキドキしながら「アレ」をするだが、本当は眠りたい。
というより、眠いのだが環境として眠れないのである。
足は伸ばせても、やっぱりしばらくすると腰が痛くなり、
仮眠などできるものではない。


それでも夜中の3時くらいから1時間ほど意識がなかったようで、
目が覚めると4時20分。乗る列車があと10分で出発する時間とあって
急いで会計をして、店を出て駅へと走る。
改札へ入り、トイレを済ませて、ギリギリホームで待っていた
東海道線の普通列車に乗り込むことができた。

山側のクロスシート、その窓側に座って車窓を眺めると
川崎に近づく辺りから、朝日が車窓に差してきた。
廃止された東海道本線の寝台特急、「富士・はやぶさ」か
寝台急行「銀河」ですごした朝を思い出した。

時刻表で調べた時刻、京浜東北線は土・休日が載っていない。
最初はそのことに気づかなくて、新橋で乗り換えればいいと
思っていたが、時刻が変わるとページに記載されていれば
時刻表で確実に分かっているルートがよい。

東京で降りて、山手線のホームへと急ぐと
同じホームの京浜東北線が発着するホームの電光案内表示器には
6:01発の大宮行き普通列車の文字。
柱に掲げてある所要時間を確認すると、この6:01発に乗っても
7時前には大宮へ到着できることが分かったが、途中で遅れるとも
限らない。少しでも早く到着しておきたいということで、
上野まで山手線、上野から普通列車で大宮まで目指すことにした。



無事に大宮定刻着。
これから乗る臨時列車、「むさしの奥多摩号」は大宮を出ると
途中のデルタ線を使って、武蔵野線に合流する。
発着番線が時刻表には書いてなかったが、どうやら湘南新宿ラインと
同じ7番線ホームから出発するようだ。






ホームにはすでに利用客が待っているが、大半が奥多摩への
ハイキング、登山客らしい。大きなリュックを抱えて待っている。
その中に私のように明らかにこの臨時列車に乗ることや撮ることが
目当ての人たちも見かけた。





一番前が4号車。この車両だけ片方が窓にシートが向けられており、
青梅線に入ってからの山々の景色がよく眺められるようにと
改造された列車のようで、「四季彩」と書かれた円形のヘッドマークが
掲げられている。残り3両は片側ロングシートともう片側がクロスシート
という独特の構成になっているが、この列車にはどの車両にも
トイレが付いていない。2時間近くかけて走る列車だが、
この列車はゴールデンウィーク中は1日に早朝のこの奥多摩行きと
奥多摩から大宮行きとそれぞれ1本、計2本しかない。
だからトイレのために途中で駅に降りてしまうと、奥多摩までの直通
列車がすぐにはこないので、ちょっと不便な部分がある。
特に武蔵野線内で降りてしまうと、直通列車がないので、
特に注意が必要となる。

大宮始発からは私は最後車両の乗務員室前に陣取る。
大宮を出てしばらくして潜るはずのトンネルを見届けるためだ。
大宮から武蔵野線に出るには、途中のデルタ線を使って合流する
形になるが、大宮を出てしばらくは東北本線を上野方面に走り
途中から分岐してトンネルを潜る。潜ったあとにデルタ線を走って
左側を走る武蔵野線に合流する。

席がほぼ埋まった乗車率で列車は定刻に発車。


7:09。問題のトンネルを潜り始めた。


7:11。トンネルを出てデルタ線を走っていく。



7:13。デルタ線と武蔵野線の合流地点を通過。
合流地点近くにある西浦和駅のホーム先端にはこの事を知っている
カメラマンの人だかりが一斉にこちらにレンズを向けていた。

私の隣にも2人の男性諸君。カメラを構えているところは
この列車目的で乗車したようだが、後方展望を楽しむという私の
目的とは違っているようで、聞こえてくる会話ではどうやら
この列車を沿線から撮影するのに最適な場所、架線柱が被らずに
撮影できる場所を後方展望で確かめているらしい。




7:19。北朝霞着。
7:20発車。発車してからホーム反対側に見慣れない青と白色の列車が
入線してきた。土・休日運転している「ホリデー快速むさしの号」だ。
この北朝霞でも人が多かったのは、臨時列車同士の並びが撮影できる
ためだろう。しかしこの列車を降りないといけないので、
この列車に乗るか撮影のために列車を降りるかのどちらかになる。

例の男性諸君の片方はずっとカメラを向けていたが、
このホリデー快速がすれ違うのを待っていたらしく、もう1人から
言われるまで、北朝霞に停車しているのに気づかなかったらしい。
私もよく時刻表を調べて乗ったわけではないので、実は入線したのを見て
初めて気づいたから人のことを笑えるわけではないが。
引き続き聞こえてきた会話では、このカメラを向けていた人は
前は撮影場所にこだわりなく、私のようにデジカメで撮影してたらしいが、
一眼レフのような本格的なカメラを持つと、自然と撮影手法なども
気にするようになるのかもしれない。カメラが人が変えるのか。

通過した新座ではあまりカメラマンの姿は見かけない。
撮影場所に拘らない私にとっては好都合な場所だが、
臨時列車の車内からは、かなり目立つ存在となるだろう。


7:36。長い長いトンネルの後に新小平を通過。またトンネルへ。

7:37。武蔵野線は通常は府中本町方面へとトンネルを出るが、
この列車はトンネル内の分岐から中央本線へとゆっくりと入る。



7:41。そのトンネルをゆっくりと出てきた。

立川定刻着。ここから青梅線へと入り、一路奥多摩を目指す。
ゆっくりとトンネルを出ると、中央本線の立川駅に停車する。 

先ほどの隣にいた2人組みは先程からお忙しいようだ。
停車時分も調べているらしく、余裕がありそうなら
ドアが開くとすぐに後ろに回りこんで、この列車に
カメラを向けている。
この2人に限らず、代わる代わるカメラをレンズを向けている人の
顔がにやけているので、私と同じ志の者かどうかがすぐに判る。


青梅着。会話では例の2人組が青梅で降りて折り返しを狙うようで、
てっきり降りていったのかと思ったが、どうやら私と同じく
終点の奥多摩まで乗っていくらしい。
ここまで候補となりそうな撮影場所が見つからず、
単線となってあまり架線柱が邪魔になりそうにないこの青梅線を
狙ってみることにしたらしい。






8:59。鳩ノ巣着。
ここで上り列車とすれ違いのために3分ほど停車。
立川寄りの踏み切りは警報機と遮断棒がない。それを良い事に
上り列車が走ってくる線路まで入ってカメラを向けている。
本人は気をつけているだろうが、撮影に集中しているとどうしても
周りが見えなくなるので、実は大変危険な行為ではある。

同じ東京とは思えない・・という使い古された表現は使いたくないが
通勤車両が展望仕様に改造されている観光用車両とはいえ、
この山々の中を走っているのは違和感がある。この臨時列車以外は
立川や新宿、東京で見かける車両がすれ違うので、違和感がさらにある。

定刻に奥多摩着。奥多摩では特に何をするかは考えていなかった。
昼ご飯時に到着するなら、ゆっくりと昼ご飯でもと思ったが、
登山、ハイキング利用者を想定したダイヤのためか
9時ではどこも食べる店は開いていない。






折り返し青梅行きとなるので、今度は窓側に向いた座席に座って
景色を楽しむことにする。しかしあまり眠れずに早朝から列車に
乗り続けてきたので、ここで睡魔が襲ってきた。



御嶽でホリデー快速おくたま号とすれ違い。







青梅で途中下車。少し早いが昼ご飯とするべく、商店街を
少し歩いてみたが、開いている店は見つからなかった。
仕方なく駅へと戻り、ホームにある立ち食いスタンドで
「肉うどん」を頼んでみた。立ち食いでなければもっとよいが、
味は文句ない。というより無難な味というところか。
レトロ調のスタンドを出て、やってきた立川行きに乗る。


なんとなく武蔵野線に乗り換えようと、立川から西国分寺へと
乗り継ぎ、武蔵野線の武蔵浦和方面ホームで待っていると、
ホームの先端でカメラの三脚を立てている人を見かけた。
レンズが向いている方向から、どうやら府中本町方面から来る
列車を狙っているらしい。何か来るのだろうか。



やってきた各駅停車を見送って、30分ほど府中本町よりの
ホーム先端で待ってみた。12:00になると、構内アナウンスで
列車が通過すると告げる。しばらくすると、青色と白の列車が
近づいてきた。ホリデー快速むさしの号の折り返し回送だろう。
先ほど北朝霞ではちゃんと撮影できなかったから、偶然にも
リベンジを果たしたことになった。

この回送列車まで調べていると、北朝霞のカメラマンのように
列車がデルタ線から出てきたり、また入っていくところを
カメラに収めることができるだろうが、そこまで調べる気には
不思議とならない。どうやら「乗り鉄」だからだろうか。


そのまま次にやってきた快速東京行きで途中の武蔵浦和で
埼京線に乗換え。臨時列車のようにすんなりと大宮へはいけない。
武蔵野線もデルタ線での大宮行きを設定してくれないものだろうか。
大宮で降りるつもりが、川越線の日進まで乗り過ごしてしまった。


日進から再び大宮へ引き返す。
結果オーライでこれも臨時運転だが、湘南新宿ラインの普段は
直通運転していない、熱海行きに乗ることができた。

2009年5月2日

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大型連休に走る臨時列車の旅。
今回のターゲットは「フラワーエクスプレス号」。

見てくれは東武鉄道の通勤車両だが、ヘッドマークが
掲載されること、そして普段は直通運転しない太田まで
急行運転されるとあり、鉄道オタクとしては予告のポスターや
車内の中吊りを見ていた時からこれは見逃せないと、
乗り鉄の血が騒ぎ出す。





4/29から5/5まで、休日5日間で運行されるこの臨時列車。
今月から日中勤務でカレンダー通りの休みなので、
初日の29日に乗り行くことにした。

この臨時列車は東急田園都市線の長津田から太田行きと
日帰りを想定しているようで、帰りの太田発長津田行きと
計2本が設定されている。

太田行きは長津田が6:45発のため、地元小田急では
5時過ぎの列車に乗らないと間に合わない。
家を出るには4時半には起きていないといけないが、
そのつもりがやはり当日朝起きることはできなかった。

行きは仕方なく、普通列車を乗り継いでいく。
東急田園都市線で表参道まで。表参道でトイレのために
一旦途中下車。表参道から銀座線で浅草に出る。
浅草から東武伊勢崎線で区間準急久喜行きに乗る。
曳舟で半蔵門線からやってきた急行久喜行きに乗換え。

久喜から先は各駅停車の館林行きに乗り換え。
足利市には3時間してようやく到着する。
青春18きっぷの旅、私鉄版のような気分になる。



まずは前に訪れた焼そば屋「はとや」を目指す。
今回は前回主人から話を聞いた麺600gのポテト入り焼きそば
を頼むことにした。メニュー名は「ジャンボポテト入り焼きそば」。
そしてやっぱりビールを飲みたくなる。最高のB級グルメ。

食べ終えて、店のすぐ向かいにある鑁阿寺(ばんなじ)に
行ってみる。落ち着いた雰囲気がちょっといいなと思うように
なってきた。少々疲れてきているか・・・。
150円と少々高いが、おみくじを引く。吉。なんと書いてあるのか
文章の内容は4割程度しか理解できず。でも悪いことは書いては
いないようだ。

次は太田駅へ。帰りの臨時列車「フラワーエクスプレス号」を
始発から乗るためだ。駅員に尋ねると1番線から15:04発という。
時間が30分ほど余るので、駅前のコーヒー屋に立ち寄る。

店に入り、席に座ってもメニューを聞いていこない。
しばらく座っていると、前のテーブルにもおばさん連中が座り
すぐにレジへと向かう。地元の人たちだろう。
前払いなら一声ほしいと思わず、レジに立つ店員に文句を言ったが、
これといった反応はなかった。接客に問題ありだ。
気分は一気に悪くなり、運ばれてきたコーヒーを早々に
飲んで店を出る。出際の「ありがとうございました」の声も
ものすごく機械的に聞こえて不愉快になった。
コーヒーを運んでくれるなら、メニューも聞きにくればいいのに。
中途半端な接客の店に少々気持ちを乱されたが、それも
駅の改札を入って、ホームで臨時列車を待つ頃にはそうした
こともすっかりと忘れてしまった。




私と同じ志の者でホームはいっぱいかと思ったが、
あと4日間走るとあってか、まばらである。
それでもホーム先端には4人ほど、留置線から今か今かと
待ち構えている先客の姿。
車内アナウンスの後にゆっくりとヘッドーマークを掲げた
通勤車両が6両編成で入選してきた。
向かいの2番線にも臨時の特急りょうもう号。






ホームの行先案内板、列車の電光表示にも「臨時」。
臨時列車同士が停まると、少し興奮してしまう。
一方は北千住、そしてもう一方は長津田である。

普通列車の長津田行きもないが、
特急りょうもう号には普段北千住止まりはないので、
そうした意味でかなりレアな組み合わせである。


まず車両の一番後ろに陣取る。
しかし一番前の車両に行こうか迷う。館林からやってくる
4両編成を連結することは聞いているが、前なのか、後ろなのか
まで確認していなかったのである。
連結作業を間近で見たいが、出発してから車掌の車内アナウンスで
ようやく解決。後ろに4両連結するようだ。
ということで、一番前の車両に向かっていた足を止めて、
一番後ろの車両に戻ることにした。しばしの後方展望を
楽しむことにする。

いつもの通勤列車と違うのは、車内の乗客が携帯電話や
携帯ゲーム機の代わりに、メモ帳にボールペンで
一心にメモしていたり、デジカメや一眼レフを手にしたり
首からぶら下げている姿が多いことだ。

臨時列車とあってか、車掌は用意したカンペを見ながら
アナウンスしている。車掌としては臨時列車ほど
業務に神経を使う列車はないだろうと思う。乗客が
大半が大人しい通勤・通学客ではなく、私のようなちょっと動きに
目が離せない同業者が閉めようとするドアから顔を出していたり
駆け込み乗車したり、ホームの先端を歩いていたりするからだ。
幸いにそうしたトラブルはなく、順調に列車は走る。


野州山辺で下り列車と交換。
下り列車が遅れていると車掌のアナウンス。

15:23。県(あがた)でホーム停車した下り列車と交換。
15:24発車。沿線に1人か2人ほどカメラマンを見かける。

15:30.館林着。
個人的に最初のハイライトである車両の増結作業がある。
ホームの連結作業がある付近には先客がカメラを構えて
待っていた。ようやく臨時列車らしい雰囲気だ。











遠くで踏切の赤いランプが点滅してしばらくすると
同じ形式の車両が4両ゆっくりとホームへと入線。
直前で一旦停止。無駄のない停止に職人技を感じた。
すでにこちら側の乗務員室には黄色いヘルメットをした
作業員が2人待っており、連結されたことをホームで
緑色と赤色の旗を振っている人が確認すると、
作業員は貫通扉を開いて、向こう側と通れるように
テキパキと幌をボルトで締め始める。
そうした作業を終えた後に乗務員による最終確認。
まずドアが正常に開閉するかを一度確認したあと、
乗客が立ち入らないように、乗員室のドア施錠を
確認し、ようやく向こう側へ通れるようになった。
貫通扉が内側に開いたまま固定されたので、
間近でヘッドマークを観察できる。

こうした連結作業を見ていると、今はなき
寝台特急、「富士・はやぶさ」や「なは・あかつき」の
連結作業をふと思い出した。
15:46、10両となって館林を発車。今度は10両編成の
一番後ろの車両に向かう。

行きは普通列車を乗り継いだが、途中の茂林寺前で
どっと人が降りていった。ちょうど見頃として
ポスターでも告知されているためだろう、
この間訪れた「野鳥の森ガーデン」への観光客であろう。
そして帰りはこの館林で人が乗ってくる。
茂林寺前、そして館林や太田へ廻って帰る人たちが
大半だろうと思われる。足利市で降りたときにも
開催中のウォーキングイベントでリュックを背負った
中年の夫婦を多く見かけた。

車内をよく見ると、ピンク色の表紙の小さなパンフレット
を見ている人たちがいる。
この間使ってみた「ふらっと両毛フリーパス」を買うと
貰えるパンフレットだ。けっこう利用者はいるのかもしれない。

16:09。久喜着。16:14発車と車内アナウンス。

久喜の次は東武東武公園。
通常の普通列車は東武動物公園まで各駅停車しかないから
特急以外で通過駅がある普通列車は珍しい。

そして東武動物公園を出て、春日部に停まると北千住まで
ノンストップ。ここで東武伊勢崎線の種別だと快速運転となる。
地下鉄内は各駅に停車するが、田園都市線は急行運転となり
これは最後まで乗らないわけにはいかない。



春日部を出て、いくつか通過するホームが後ろへと流れ、
ホーム先端ではこちらにカメラを向けている姿が見えた。

16:37。北越谷通過。
16:38。越谷通過。

このノンストップ区間で小説を読んでいる人がいたが
やはり臨時列車とあってまわりが気になるのだろう、
時折小説から目を車窓に車内に落ち着きがない。

16:51。北千住着。
次のハイライトは地下鉄線内である。
まずホームの案内表示器だが、味気なく「臨時」。
英訳では「Special Train」と切り替えて表示されていた。
これはどの駅でも同じようだ。





17:09。地下鉄のトンネルへ。
地下鉄線内はダイヤが過密のため、停車しても
停車時間がわずかなため、地下鉄ホームに停まっている
ところを車外から撮影は無理かと思ったが、なんとか
撮影には成功した。





つぎは予想していなかったが、思わぬハイライト(?)
渋谷からは田園都市線となる。三軒茶屋を出てから
車掌に連絡があったようで、受話器が耳にしながら
車内のどうやらドア上にある行先案内表示を見ている。
無表示のままになっているので確認せよという連絡だろう。

17:47。地下鉄のトンネルを抜けると
車内アナウンスで次は二子玉川と告げながら、
乗務員室内にある操作パネルで行先表示をさせようと
しているようだ。二子玉川に到着してドア上を見ていると
表示器はまず、「二子玉川」だけを表示してから、
しばらくして「急行 長津田」と表示されるようになった。

田園都市線内のホームの行先案内板は「急行 長津田」。
臨時などが表示されるかと期待していたが、
用意はしていないのだろう。ちなみに「急行 長津田」
はダイヤ乱れなどでしばしば見かけたりしたので珍しくない。





長津田に到着すると、乗客が降りるとそそくさと車庫へ。
18:10。長津田のホームを出発。車庫へ向けて走り去ったが
車庫への入線待ちで少し離れたところで停車していたらしく
ホーム先端、中央離間寄りにはカメラを構えている人が
何人か立っていた。私がホーム先端に来た頃には
車庫の奥へと姿を消すところだった。

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最近歩いていないなと感じ、久々にウォーキング。
今回はもう少し距離を伸ばしたいと考え、
大胆に12時間ウォーキングを計画。

今まで長くて8時間。距離にして40km。
足を痛めないように歩き方に気をつければ、
休憩を入れながら行けるだろうと考えた。
12時間歩くと60km。
青函トンネルよりも距離が長い。


東急田園都市線のつきみの駅をスタートし、
国道16号線、そして1号線とまずは横浜駅へ。
横浜駅で昼ご飯を食べながら休憩し、ここからがメイン。
予定では京急の三崎口まで歩こうとしたが
実際はどうだったか。

朝は今月から夜勤がなくなり、日中勤務となったため
いつもと同じように6時前に起きる。
休みでもリズムを崩さないようにしたいためだ。
朝ご飯を食べ、つきみ野駅まで電車で向かう。
通勤とまったく変わらないルートなので、
仕事に行くような行かないような妙な気持ちである。


7時15分。
つきみの駅のすぐ上を走る道路からスタート。
横浜駅までは歩き慣れた道なので、距離感がわかっている。
横浜駅を第一ポイントとすれば、第二のポイントは横須賀。
実は前に横須賀まで歩こうと頑張ったが、横須賀市に
入ったところで足に限界が来て、目標であった京急の
横須賀中央駅まで到達することができなかった。
せめて今回は横須賀中央駅までは歩きたい。




距離はここから40km足らず。8時間かかるから、
途中の休憩を入れて順調に行けば、15時過ぎには到着だろう。
国道16号線をしばらく歩いていたが、前と同じルートも
面白くないので、途中から分岐している国道1号線を
経由して横浜駅まで歩いてみることにした。


昨日は雨で歩こうにも断念せざるを得なかったが、
今日は一日晴れの予報。日差しが強く、初夏を思わせる。
半袖でもまったく問題ないほどの暑さの中、横浜駅には
10時半過ぎに到着。3時間15分ほどでここまでは順調だ。
買っておいたコンビニ弁当とおにぎりを食べながら、
しばし休憩。これから正念場を迎えることになる。

携帯電話のGPSで現在地を確認。横浜駅のすぐそばを
通る国道1号線をまずは桜木町方面に歩いていく。
青い行先案内の看板の「横須賀」に従う。
まずは国道16号線。京浜東北線の桜木町駅の高架沿いは
落書き横丁で有名な歩行者用のトンネルがずっと続くが
その落書きも綺麗に壁、天井まで綺麗に黄色がかった白で
塗りつぶされ、「落書き禁止」の張り紙が等間隔にある。
ここにはバス停もあるため、利用者からの苦情もあって
落書きを塗りつぶす事になったのかもしれない。

実はこのトンネルの途中には車用の信号機が
手の届きそうな所に設置されている。T字路の突当りに
このトンネルがあるため、設置する場所がここしか
ないためだが、その大きさをよく知ることができる。
トンネルの天井が低いため、歩行者用の信号機も
やはり通常より低い位置にあって、手が届きそうだ。


半月形が特徴的なコンチネンタルホテルや観覧車を
左手に見ながら、国道16号線を歩いていく。
しばらくは京浜東北線を沿うようなルートだが、
やがて京急本線に沿うようになる。


金沢八景駅。15時過ぎ。少々予定より遅れている。
やはり右足が少々痛くなってきた。
ここで休憩してもよいが、休憩したら歩ける気が
しないと思ったので、その誘惑をなんとか振り切る。
シーサイドラインが向こうの駅にゆっくりと停まるのを
見届けてから、ゆっくりと横須賀中央駅まで歩を進める。


金沢八景を過ぎた後は小高い地形が多いためか、
しばしばトンネルをくぐる。前にも見かけたトンネルに
入る前で少々座って休憩。やっぱり限界か。
ここまで8時間近く歩き続けてきたことになるが、
4時間毎に休憩すれば行けるだろうと楽観していたが、
横浜駅を出発してからのこの4時間がしんどい。

横須賀中央駅の到達すら怪しくなってきた。
道路の青い看板には「三崎 25km」。その数字を
見た瞬間、とても無理だと悟った。
ゴールの目標である三崎口駅までさらに5時間。
歩けそうにないと感じ、横須賀中央駅をゴールに
変更すること決めた。

前にリタイアした京急田浦駅を右に見ながら、
小さな悲鳴を上げている右足を気にしながら歩いていく。

追浜駅を過ぎ、汐入駅前に到着。大きなショッピングセンター
があり、予想に反して都会的な駅前である。
かなりペースが落ちていたが、ようやく横須賀中央駅に到着。
時間は18時前。9時間ほど歩き続けてきたことになる。
距離にして自己ベストを5kmほど更新。45kmである。
しばし休憩してあと3時間ほど歩き続ける気力はなかった。



少しお腹が空いていたので駅前のさいか屋で、
肉まんとあんまんを一つずつ買い、ホームのベンチで
食べる。すごくおいしい。京急田浦のホームと同じように
1リットル紙パックのカフェオレを空になったお茶の
ペットボトルに移してから喉に流し込む。すごくうまい。
甘い成分が体に染み渡るこの感じがすごくいい。
しかし当分、右足は筋肉痛だろう。
そして、露出していた腕と顔は見事に日焼けしていた

2009年4月25日

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【ふらっと両毛東武フリーパスの旅】足利市のポテト入りやきそば、茂林寺前の芝桜

フリーパス2,350円に特急券1000円をプラス。
4000円足らずで行く日帰りの旅。

足利市はまずJR両毛線が思いつくが、「ホリデー・パス」では
エリア外のため、乗り越し料金は逆に高くなってしまう。
そこで足利市に行くのにちょうど良いと見つけたのが、
東武鉄道が販売しているフリーパスである。

浅草発2350円、東武伊勢崎線の茂林寺前からフリーエリアは
乗り降り自由で、足利市も茂林寺前の芝桜もうまい具合に
フリーエリア内にある。

小田急線で新宿まで。新宿から丸の内線で赤坂見附。
そして赤坂見附から銀座線で終点浅草まで。
東武鉄道の浅草駅は浅草地下街と並行する連絡通路を
あるいて階段を上がった地上にある。
今回のフリーパスがクレジットカード支払いに
対応していないのは残念だ。
せっかくOPポイントが貯まると思ったのだが・・。




ちょうど11時40分発の特急「りょうもう15号」があったので、
あわせて特急券も購入。特急ホームに行くと発車の3分前。
フリーパスを買ったときに一緒にもらった簡易時刻表には
特急の「午後割」について書いてあった。
どうやら午後の特定時間帯に発車する特急列車については
通常より200円ほど割引になるようだ。
しかしこの「りょうもう15号」はぎりぎり午前発車のため、
割引は適用されない。
車内販売があるかと思ったが、東武スペーシアのような
ワゴン販売はないらしい。これも時間帯限定だろうか。

普通列車で乗っていくとかなり時間がかかるだろうと
思ったが、改めて時刻表を見るとあまり変らない。
山陰本線の普通列車がない時間帯を穴埋めする特急の
ようなダイヤらしい。そうと知っていればあわてて
特急券を買うことはなかったなとちょっと後悔。
しかしこうした機会でもないとなかなか他の私鉄の
特急列車には乗ることはないからよしとしよう。
車窓はしばらくはベッドダウンを走るのであまり
面白いものではない。しかしそれも館林に近づく頃には
開けてきて、少し遠出をしている気分が出てくる。



足利市に定刻着。大学の頃知り合って、今も年賀状だけは
やりとりしている知り合いの地元がこの栃木県の足利市
だったことを思い出す。卒業後、地元のドラッグスーパーに
就職したと聞いたが、今はどうしているだろう。



駅前の少し離れたところを渡良瀬川がのどかに流れている。
少し歩くと緑色の橋が向こう岸につないでいる。
駅の反対側には目的とするやきそばの店がなさそうなので
川の向こう側に行ってみることにする。
しかし、大通りを歩いても「やきそば」の旗すら見えない。
飲食店があるのだから、あってよさそうな気がするのに
見つからない。B級グルメとしては隠れた名物であるという
ポテト入り焼そばは確か足利市にあると聞いた気がするが
私の記憶違いだったろうか。
歩き回っても見つかりそうにないので、近くの交番で
道を尋ねてみることにした。
すると1軒の店を教えてもらった。けやき小学校から
駅方面に戻ったところにあるという。
丁寧に営業しているか電話で確認もしてくれた。

教えられた通りの道順で歩いていくと、思わずカメラを
向けたのが歩道橋。織姫神社の境内を示す鳥居があるためか
景観を配慮してか、手すりのデザインが珍しい。
さらにまっすぐ進んでいくと左手にけやき小学校。
信号機に書かれた「けやき小学校前」を右に曲がる。
細道なので正しい道なのかとちょっと不安になったが
向こうの突き当たりに店員らしき人がこちらを見ている。
どうやらあそこが目的の店らしい。




「はとや」。広くはない店内だが、座敷とカウンター席があり、
日常の生活臭が漂う店である。変に小奇麗な店より好感が持てる。
カウンター席に座ると、目の前の鉄板でまずは店員が油を塗って
ジャガイモを焼き始め、しばらくしてそれを脇に除けると、
今度は麺と他の具を混ぜながら焼き始め、最後にソースをかける。
しばらく焼いた後に皿に盛られる。
見た目がしつかい味かと思ったが、意外にあっさりしている。
焼いている時に量が少ないと思ったので、量を多くして
もらえるか頼んだところ、快く受けてくれた。
やきそばだけでは足りないなと思い、ビールも頼んだ。
そこへ高校生と思しき女の子が店の奥から姿を現した。
すぐに引っ込んだが、部活帰りでこの店の住人だろうか。
他人の家に焼きそばを食べに来たような和やかな雰囲気に
ビールが気持ちよく喉に流れていく。
先ほど店の外で待っていた高齢の店員、おそらく店の主人だろうが
店が雑誌に紹介された時の記事のコピーを見せてくれた。
何という雑誌かは忘れたが、一番量の多いもので600g。
3人前あるという。カウンター正面に貼られた見にくい手書きの
メニュー表の左寄りにある「ジャンボポテト入りやきそば」
というのがそれらしい。有楽町のいつもの店で食べている
「インディアン」でいえば、大盛りぐらいの量だろうか?

ビールによく合う。昼ご飯のつもりだったが
おつまみを食べているような感覚になってきた。
ゆっくりと食べ、主人の話を聞いたところでは遠いところでは
埼玉県の春日部からやってくる客もいるそうだ。
暖簾の外にはやさしく日差しと風が吹き込んでくる。



気持ちよい酔いの中で駅へと向かう。

次は茂林寺前まで普通列車で戻る。
羽生(はにゅう)で乗換えが必要だが、西武秩父線の西武秩父駅
が最寄の羊山公園に行こうか迷っていたが、時間的に帰りが
遅くなってしまうので、茂林寺駅前から歩いて15分ほどにある
「野鳥の森ガーデン」に足を運んでみることにした。


茂林寺駅の改札を出て目の前にパンフレットが置かれていた。
標識もあるので道に迷うことはなさそうだ。
ぽつぽつと人とすれ違う。芝桜を見終えてこれから帰る人たち
らしい。パンフレットには遊歩道を歩いてくださいとあるが
遊歩道は大きな道路から曲がって奥へしばらく入ったところ
にあった。遊歩道というより草地に木の棒を立てて、
ロープを渡しただけの簡単なものだったが、すぐ脇には
いろんな花が咲いているので、立ち止まってカメラをレンズを
向けたり、眺めている人たちが楽しんでいる。




入り口から入ると、急に目に飛び込んできたのが
一面の芝桜。色とりどりの絨毯と青い空とそして木の緑。
しばらく時間を忘れてしまう。
ソフトクリームを舐めながら、ラムネを飲んで一休み。



夕方16時過ぎ。そろそろ帰らないと遅くなってしまう。
16:39発の普通列車で茂林寺前を後にした。

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【出張からのひとり旅 3日目】旧津山機関区

鳥取
7:25発

↓ 655D 因美線

8:16着
智頭
8:21発

↓ 675D 因美線~姫新線

9:31着
津山 ※旧津山機関区
11:35発

↓ 3937D 津山線
  快速 ことぶき

12:42着
岡山 ※駅弁購入
13:14発

↓ 26A 山陽新幹線~東海道新幹線
  のぞみ26号

14:51着
名古屋
15:22発

↓ 520A 東海道本線
  ひかり520号

16:35着
小田原



持参の剃刀で髭を剃り、寝癖をシャワーで直して歯を磨く。
無料の朝食をしっかりと食べていきたいが、食べていては
列車に間に合わない。ホテルを後にして、駅へと急ぐ。
これから乗る因美線の車内は大半が学生さんで席が
埋まっている。黒い制服、黒い髪と妙な新鮮さがあるが
内面はわからない。制服は着たくないし、髪も染めたい
かもしれない。友達と思っていないかもしれない。
それでもそれをお互い顔には出さずに談笑している。
この学生集団がどこかで降りるだろうと思ったら、
郡家で一気に降りていった。黒い集団は構内踏み切りから
改札の外へと消えていく。
ガランとした車内のボックスシートでずっと抱えていた
おにぎりとパンで車窓を眺めながらゆっくりと朝ご飯を食べる。




このまま帰りたくないな。
旅で普通列車に揺られていると、そんな気持ちで苦しむ。

大阪から山陰本線と乗り継いできて、桜が遠くでも近くでも
よく目にする。途中の三浦駅では桜の雨が降っていた。
その桜が降るホームを一両の気動車がゆっくりと離れた。
沿線ではカメラのレンズを向けていた人を2人みかけた。
今日も昨日と同様に暑い。半そでのシャツで十分である。
たまらず上着を脱ぐ。

東津山に向かう途中、車窓右手を気の早い鯉のぼりが泳いでいた


津山定刻着。
次の快速列車を待っている間、いったん下車する。
駅舎から外に出ると、ある看板が目に飛び込んだ。
「旧津山機関区」の見学会のようだ。しかも当日受付可能と
書かれている。奥にテーブルが置いている。受付のようだ。
受付に聞いてみる。10時から1時間半ほどの見学で、
この津山駅にある機関区の見学会とのこと。
偶然とはいえ、この機会は見逃すわけにはいかない。
少々帰りが遅くなるが、焦って帰らなくてもよい。
受付で申し込み、見学会に立ち寄ってみることにした。






危険区域に入るといわれたので、黄色いヘルメットでも
被るのかと思ったが、そのままの格好でよいらしい。
飲み物の持ち込みも大丈夫だった。
10時過ぎ。案内の車掌のもとに見学者が集まり、車掌の後ろに
ぞろぞろとついて歩いていく。
もっと大人数なのかと思ったが、20人ほどであった。
駅舎脇の線路沿いの通路を奥に歩いていくと、詰所と思しき建物と
腕木式信号機とその奥に転車台が見えてきた。
構内踏切を渡る。普段は未公開だから、なかなか貴重な体験だ。
小田急線の海老名車庫見学会は親子限定で見られないが、
その代わり、こうして偶然にも列車の車庫を見学できることが
大変嬉しい。少々興奮してしまう。

構内踏切を渡ったあと、しばらくして踏み切りを列車が横切った。
普段は列車の車窓からしか見られないから、車庫側から見る
アングルはすごく新鮮である。



最初は腕木式信号機の説明から始まった。
実際は手で動かすのではなく、機械に連動して動くものだが
機械にかつて繋がっていただろう足元のレバーを手で動かしながら
信号の腕が動く様を見せていた。どこかの子供2人が操作している
そばでお父さんらしき人ががビデオカメラに収めている。



制動子と呼ばれる車輪のブレーキパットとして使われていた
ものが高く積まれていた。現役で使われているものが一部
置いてあるそうだが、今回は使い古されて茶色くなっているもの
しかなかった。1個15kg。生きた鉄道資料である。






次は転車台と扇形車庫である。
少し前に話題となった「ムーミン」の愛称で呼ばれた引退した
茶色い電気機関車EF55が横川駅で転車台に載せて方向転換する
ところが見られたようだが、予定が合わずにその転車台が動く
様を見に行くことはできなかった。
今回間近に転車台を見ることにでき、扇形車庫だけでなく
これも滅多に機会がない赤いディーゼル機関車が3台が車庫に
留置されており、目の前で触り放題、撮影し放題、そして
列車の上に乗って、運転席も覗き放題なんだから堪らない。





この見学会のために塗装を塗りなおし、借りてきたそうだ。
3台のうち、1台は近年まで走っていた寝台特急「出雲」で
活躍していたとのこと。

車庫内は天井まで黒く煤けている。
天井には丸い穴がぽっかりと空いている。
煙を逃がすための穴である。
かつてこの車庫には蒸気機関車が留置されていた証である。
空を見上げながら、汽笛を響かせて煙が充満していた頃を
しばらく想像してみた。






今はこの車庫と転車台、そして見渡す限り気動車が停まっている。
転車台は昭和5年製、今も現役で動かせるとのことで実際に
動くところを見ることができた。
まず転車台中央の棒を動かしてロックをはずす。操作する小屋でも、
反対側のレバーでも操作できるらしい。
ゆっくりと回転を始めた。転車台の下に車輪がありレールの上を
転がるようにして動いているのが見える。
再び線路位置を合わせてロックする。

転車台に使われている線路も1922年製の刻印があった。
ロハスなホテルよりももっと昔から大事に資源を使ってきたことに
かなり好感が持てた。鉄道が二酸化炭素の排出が少ない乗り物
としか知らなかったが、古いものを大事に使っていることが
車両だけでなく、レールにあったのである。