2011年7月2日土曜日

つくもノヲ”X="1≠ 594













年明けて早々、ふと家族と浅草へ観光する事になった。

私が小学生だった頃は団地住まいだったこともあり、経済面にも余裕があったので
父が働く会社指定の保養所となっていた熱海にホテルへと毎年恒例のように連れて行って
貰った記憶がある。

熱海への家族旅行はもう少し後になってからで、
さらに時代を遡ると、京都での二階建てバス、滋賀なら琵琶湖では遊覧船「ミシガン」、
長野県は松本城や白馬三豊でのバンガロー宿泊(今はやらなくなったが、近年まで続けて
いたくらいテニスを趣味の一つにしていたので、おそらく近くのテニスコートでぼーっと
過ごしていたかもしれない)、伊豆では泉郷での貸別荘宿泊、石川県では輪島や軍艦島。
軍艦島のそばのブランコと、宿泊した民宿(だった気がする)では砂浜でトランペットを
吹く若い男性が妙に記憶として残っている。
民宿だと正確な場所は西湘バイパスを車で飛ばして、いつかの夏休みに海近くの民宿に泊まった
思い出も微かに残っている。民宿についてすぐに海に行きたくてワクワクしていたはずだ。

京都では二階建てバス以外にも小舟による保津川下りや、太秦映画村の記憶もある。
太秦映画村の場合、旅行の移動が大抵が車だったのに対して、列車での移動だった。
朧げな記憶しかないのが今となっては残念だが、あの国鉄色キハ58系だったに違いない。
気動車の走行音までは覚えていないが、窓からカーブにくねらせる車体や風景を本当に
僅かばかりだが、記憶がある。

振り返ると湘南生まれの父は海沿いに旅行に連れて行ってくれた傾向が多くなり、
それが小さいながらも私にも影響している。だから海を見ると何だか安心するし、
ふらっと江ノ電に乗って見たくなるし、「湘南爆走族」(吉田 聡 作)というマンガに出てくる
キャラクターやその生活スタイルに暴走族という点を除いて、憧れにも似た気持ちに
なるのだろうと思う。

また旅行の移動でほぼ車だったのは、その時代の流行というのもあったかもしれないが、
家族4人だというのに、利便性を無視して後方座席が乗りにくいスポーツカータイプの
2ドア車、HONDAの車に父は愛着があったからだ。長らく家では買い換えもHONDA車が
続いていたが、現在はあまり車を使わないこと、一軒家を構えてローンが残っているため
経済的な事情もあって、三菱の小型車COLTになった。

小さい頃から旅行となると、窮屈な車での移動に辟易していたかもしれない。
また車が父を象徴しているように感じられ、旅行好きの遺伝子は受け継いだものの
こちらは車ではなくて他の手段で旅行しようと反発したかったのかもしれない。

それが私を鉄道好きへと昇華させ、旅行では専ら鉄道と傾倒したのかもしれない。
神経を使ってまで運転はしたくないし、いくら気をつけても運転のミスが他人の人生を
奪ってしまう可能性が分かっているなら、車の運転はしたくない。
それでも免許証を持っているのは大抵どこでも通ずる強力な身分証明書と思っているからだ。

今回の小さな旅行では列車で移動した。
銀座線でまずは上野へ。上野動物園で公開予定になっていたパンダを見るためだったが
残念ながら公開日が延期となり、結局見られずじまい。

浅草へは台東区が運営している循環バスこと「めぐりん」に乗る。
マイクロバスを可愛くしたデザインだが、どこまで乗っても100円という安さは
浅草周辺を走る都電荒川線みたいなものか。上野動物園や雷門付近を中心に意外と
広いエリアを走っている。4種類の循環ルートに別れており、ルートをうまく使えば
都電荒川線に乗り継いで、また「めぐりん」に乗り換えるという小さな旅ができそう。

雷門の大きな赤い提灯を通り抜けると仲見世。おみくじ引いたら大凶。
もう一度引いたけれど大凶。でもこれ以上悪い事は起きそうにはない。
かつての某ギャクアニメではこれを前向きに「おおメデタイ」と読んでいた。
なるほど「凶」が「メ」が箱から出ようとしているようにも見える。

小学生の頃は夢中で見ていたアニメの一つだったけれど、
今振り返ると、ドラえもんには及ばないまでも人生で落ち込んた時に前向きに生きる事を
ギャクに織り込んでいたように思える。

浅草では参拝客には有名な「葵丸進」で天麩羅定食をビールとともに頂く。
かつての家族旅行以来、こうして集まって外食するのは久しぶりであった。
天麩羅は単品でもう一皿頼んでも良いくらいにさっぱりと揚げられている。

だが、この後に今回の小旅行のメインイベントでもある神谷バーがあるので、
お楽しみはそれまで我慢することにしよう。

お腹が落ち着いたところで、東武浅草線の業平橋駅まで歩いて行く。
歩く途中からすっかり634mになった東京スカイツリーが聳え立っている。
来年春には公開予定とのことだから、これも楽しみである。
東京スカイツリーの足元周囲にはその姿をカメラに収めようと、人の波が絶えない。
その集客力は絶大である。地元もこれを観光事業と熱が入るのは当然だろう。

東京スカイツリーに一瞥し、再び浅草へ戻る。
台東区浅草1丁目1番1号、東武鉄道の浅草駅から徒歩0分の場所にあるのが「神谷バー」。
良くは知らないけれど、長い時間をこの浅草で歴史を刻んでいる事はその店の雰囲気が
教えてくれている。最近の店舗には到底真似できないその重厚な雰囲気。

田園都市線の車内広告で、店の前を通り過ぎる度に気になっていたお店。
初めて両親と共に足を踏み入れることができた。

神谷バーという店の名前に少し誤解があったが、バーテンダーにカウンターから注文するような
どこでも見かけるスタイルではなく、テーブルと椅子が並べられた大衆酒場である。
最近の雰囲気を模造した酒場ではなく、正真正銘の本物の大衆酒場がそこにある。
入り口のレジで注文し、チケットを購入してから席に座ってからやってくるウェイトレスに
チケットを渡す。2度目以降の注文は給仕に声を掛けてチケットを購入すれば良い。

常連客となれば、気安く給仕に話しかけるのも朝飯前、昼飯後。
車内広告が訴えるように旧友同士が無駄話に思い出話に花を咲かせる空気が流れている。
常連客はあまり集団ではなく、一人や少人数が多いように見受けられる。
店内は賑やかだが、人の目を気にせずに気を遣わずに一人の時間を楽しみたいという人も
この店が長く愛されている理由に違いない。他で探してこうした店はそう見つかるまい。

この店での大きな目的。もちろん「デンキブラン」を飲む事だ。
アルコール30度の「デンキブラン」、40度の「電氣ブラン<オールド>」の2種類。
今回は30度の方を頼んでみた。ついでに色々とおつまみも注文して皿が並んだ。
強い洋酒だが、心地「酔い」気分で緊張もほぐれてくる。有楽町のインディアンが
魔法のスパゲッティーなら、こちらは魔法の酒である。

色々と頼んだつまみで特にオススメなのは、スペアリブ。
おつまみとして、しかもバーで食べられるのは結構昔も今もハイカラで珍しいかもしれない。
デンキブランだけでも、1時間や2時間などあっという間に過ぎて行く。
ひとつ、大切な時間をこの浅草の老舗に刻む事ができたのは何だかうれしかった。

お土産、といっても自宅で楽しむ用だが、外で販売していたデンキブランの瓶を一本、
袋をぶら下げて、ほろ酔いで地下鉄の駅へ。昼下がりの浅草を後にした。

0 件のコメント: