2009年8月30日日曜日

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【北海道&東日本パスの旅 2日目】快速「夏休み東北縦貫号」、旅は上級編

高崎
1:13発

↓ 8763M 上越線~信越本線
  快速 ムーンライトえちご

4:51着
新潟
5:18発

↓ 420M 信越本線

5:36着
新津
6:06発

↓ 224D 磐越西線

8:46着
会津若松
9:11発

↓ 1212M 磐越西線
  快速 あいづライナー2号

10:11着
郡山 ※駅弁などの購入、撮影
11:42発

↓ 9521M 東北本線 
  快速 夏休み東北縦貫号

16:29着
盛岡  
17:04発

↓ 4539M IGRいわて銀河鉄道~青い森鉄道
 
18:58着
八戸
19:38発

↓ 581M 東北本線

21:24着
青森





「ムーンライトえちご」では隣の男性が新津に到着する少し前から
メモしたり、外の景色をデジカメで撮影したり何かと忙しい。
前回のルートと違い、一旦新津まで戻る普通列車の発車時刻まで
ちょっと時間があるので、ゆっくりと駅構内や駅舎の撮影をする。

新津方面へ向かう普通列車は2両編成。
すでに席は埋まっており、当然ながら前面「展望立ち席」は先客が
いらっしゃったので、自然と後方「展望立ち席」に落ち着く次第である。
だが、乗務員室のガラス越しに車掌と目が合うので少々気まずい。
それを察知したのか、車掌の方が目を合わせないように
車内アナウンスをしている気がした。たぶん気のせいだと思う。

旅2日目の目的は2つ。未乗路線である磐越西線、
そして東北本線を郡山~盛岡まで走る快速「夏休み東北縦貫号」に
乗ることである。特に「夏休み東北縦貫号」は世代によっては
懐かしい寝台型特急として親しまれたクリーム色の車体に青い帯が
トレードマークの583系が使用される・。
特急「はつかり」なんかで使われていた気がしたが、
写真や映像でしか見たことがなく、実車が走っている姿を見られる
貴重な機会なのである。






さて、目的の一つ目である磐越西線に乗り換える。
会津若松までは気動車の2両編成に乗っていく。
先頭車の前よりのボックスシートに座ろうとすると、
窓枠に蛾のような虫が止まっている。
生きているのか死んでいるのかよくわからないが、
見た目がおもちゃのようなグロテスクさがあって、
窓の外に追い出す勇気がなかった。
そのすぐ後のボックスシートに落ち着くことになった。

若い女性がぽつぽつと乗っているのを見かける。
東新津で若い女性がひとり降り立つ。雰囲気からすると
これから自宅へ帰る途中なのだろうか?
左側の窓から朝日が差し込んでくる。
天気予報では雨となっていたが、何とか天気は持ってくれそうだ。
阿賀野川を渡る。トンネルに入る。三川からずっと阿賀野川に沿って
列車は山々の間を続く線路を走っていく。
景色が良いだけにすぐそばに道路が走っているのが残念だ。
そしてかの宮脇俊三氏の気持ちが理解できる瞬間でもある。

道路の青い看板「郡山 119km」。まだまだ先は長い。
気動車は天井に扇風機があるのみ。窓そばのボタンを押すと
動き出す。市販の扇風機よりは強力な風が吹いてくるが、
やはりここは外の新鮮な空気を取り込むべく、二段窓の下を
開け放つことにした。他の窓でもすでに開けているので、
吹き込んでくる風の行方を今更気にすることもないだろう。
走っている間は気持ちいい風が駅に停まったとたん、
風はなくなって、そのかわりに生暖かい空気が車内に入ってくる。
山々に囲まれている地形だけに熱が逃げにくいのかもしれない。

上野尻では中年のおばちゃんが改札へ向かう乗客のきっぷを
回収していた。ボランティアかなにかなのだろうか?
野沢でもおばちゃんがきっぷを回収していた。
私服だが、正式な駅員なのだろうか?

列車はそんなこともお構いなしにゆっくりゆっくりと緑の中を
走っていく。途中に見えた栗は毬までまだ緑色だった。

萩野ではホームにらくがき、いや失礼、白く線画で恐竜らしき絵が
描かれている。どうやら「化石の里」であることをアピールしている。
よく見ると、サメらしき絵も見える。

喜多方では喜多方ラーメンが有名だが、食べていく時間はない。
隣のホームでは子供が首にカメラをぶらさげてウロウロしている。
列車の撮影をしに父さんに連れてきたもらった雰囲気がある。
そばにいたお父さんらしき男性は「鉄」ではなさそうだった。





会津若松からは、3倍の何とか専用ではなく、赤べこの「あかべえ」が
目立つ赤い車体の快速「あいづライナー」に乗り換える。
車両の使用経緯を少し調べると、会津若松まで行く
特急車両として運行されたものの一旦は取りやめになったそうだが、
再び快速に格下げになったが「あいづライナー」として運行するようになった。
今は臨時特急「あいづ」としても運行されている。
この車両が予備車がないため、点検などの場合は、代走として
今回の「夏休み東北縦貫号」に使われる583系が使用されることもあるそうだ。

「夏休み東北縦貫号」の前にこのまま「あいづライナー」として郡山まで
運転してくれたら、それはそれでかなり興奮モノだが、会津若松では
残念(?)ながら例の赤い車体が待っていた。6両のうち、4両が自由席車両。
急行「はまなす」のような自由席争奪戦といった殺伐な雰囲気はなく、
難なく席は確保できた。

乗ってしばらくすると、先程まで乗っていた「ムーンライトえちご」の色違い
車両に乗っている気分になってくる。それもそのはず、車内アナウンスの
前に流れるチャイムが「ムーンライトえちご」と同じだったからだ。

赤い快速は磐梯町で普通列車と交換。
すれ違う普通列車のステンレス車体にも「あかべえ」が施されている。
そして、いつの間にか意識が飛んでいた。
目が覚めると、猪苗代に停車していた。



郡山からはもうひとつの目的である「夏休み東北縦貫号」として
やって来る583系をしばし待つ。ホーム端に貼られた乗車口ステッカーの
ところには何人かが荷物を置いて待っている状況。
一番先頭と思われる乗車口に並んで待つことにする。発車は11:42。
駅員に尋ねたところでは入線時刻は11:25だが、10:40時点ですでに
後には十数人の列ができている。ネタ列車だけに私のようなオタク
ばかりかと思ったが、顔ぶれを見ると若い男性だけでなく、若い女性だったり、
小さな子供だったりと様々である。
考えれば、特急料金が不要で運賃だけで途中の乗換なしで盛岡まで
乗っていくことができる列車が東北本線には走っていないから、
利便性としても注目されるのは当然なのだろう。









当初の計画では始発の郡山ではなく、途中の福島あたりから
乗ればいいやと考えていたが、やはり始発から並んで正解だったようだ。
とてもではないが、途中の駅から座るなんてのは不可能だ。
私の前に並んでいた「個性的な」若い女性3人のうち、一人は
買ってきたのかその場に座り込んで、ホームに駅弁を広げながら食べ始めた。
早めに並んでいたため、すべてボックスシートだが、進行方向の窓側席を
確保することができた。「個性的な」その3人がキャリーバック組なので
車内へ入る動作も鈍く、席が確保できないのではヒヤヒヤしたが、
よく車内を見ると、1車両には出入り口が一つしかない。
だから別の車両からすぐには人はなだれ込んでこないのである。
そうであっても最終的には立ち客多数を乗せて、583系は発車した。
ボックスシートでおそらく終点まで相席となるであろう人たちは
すぐ向かいの窓側に若い男性が一人、それぞれ隣の席は若い女性2人組が
それぞれ座る形となった。
若い女性2人組は発車してからしばらくおしゃべりをしていたが
しばらくするとなぜか黙り込んでしまった。静かなボックスシートの空気を
気にしつつ、買っておいた駅弁ならぬ、キオスク弁を広げることにする。









弁当を食べながら、流れていく車窓の景色を見ていると、
時折カメラを向ける人たちを見かける。ホームでは待ち構えている人を
数人見かけたが、それ以外ではあまり見かけなかった感じだ。
運転日がまだ10日ほどあるのでまだ急いで撮影しなくてもということなのか、
単に座っている席とは反対側の窓側にカメラマンがたくさん待っていたのか。

我侭を言わせてもらえれば、こうした列車を「青春18きっぷ」や今回使っている
「北海道&東日本パス」の利用期間に設定してもらえると、味気ないロングシート
車両しか乗れない東北本線も少しは楽しくなるだろうにとは感じる。
車内は元々寝台型特急車両として使われていただけに独特な構造である。
網棚を引っ込めて、上に収納されているだろう寝台をボックスシートまで
下ろすようになっているのだろう。寝台として使ってよいなら、是非一眠り
していきたいところだが、さすがにそれはできない話で。

弁当を食べたため、食後の睡魔が襲ってきたようだ。
次に目が覚めると、岩沼付近を走っていた。
仙台あたりで一気に人が降りるのかと思いきや、何人かが降りたくらいで
ぽつぽつと席が空いたが、また埋まってしまった。
乗っている殆どの人が、終点の盛岡まで乗っていこうという人ばかりらしい。
なので、一向に顔ぶれは変わらない。

仙台の天気は曇だが、西から日差しが差し込んでいる。
沿線のカメラマンも男性だけでなく、子供連れのお母さんが携帯電話のカメラを
こちらに向けていたりする。

松島。ホームに降り立った人たちが先頭車付近で記念撮影に忙しい。
この車両が活躍した時代を知っている人たちには懐かしいのかもしれない。
沿線のコンビニそばにいたおじいちゃんが興味深そうにこちらを見ていた。

14:19。ED81型だろうか、電気機関車単体が見慣れないヘッドマークを
掲げてすれ違った。よく見ると「JR貨物 試運転」。こちらも珍しい
一ノ関でも線路を挟んだ隣のホームからレンズを向けているカメラマン2人。
カメラマンは駅のホームだけでなく、踏切待ちをしている車の中から
携帯電話かデジカメを向けている人の姿も確認できた。

それまで曇り空で何とか持っていた天気も盛岡に近づくにつれて
すでに線路が濡れているのが判る。すでに雨が降っているようだ。

北上着。15:44。ここで10分程停車。
花巻では、雨が降っているにも関わらず、反対側のホームから
カメラのフラッシュが光る。カメラマンは右へ左へとお忙しい様子だ。

ここに来てボックスシートのメンバーは終点まで一緒と判明。
向かいに座っていた若い男性が、女性2人組の寝ていない女性に
話しかけて、若い女性2人組が逞しくも稚内まで旅行する予定だと
話していたからだ。調子よく、男性は「はまなすで席とって待ってますから」
なんて言っていたが、それを真に受ける女性はまずいなかろう。

若い女性2人はどうかわからないが、この若い男性とは「はまなす」の
車内で見かけることになるだろう。なぜなら私と同じ雰囲気だからだ。
思わず「なら私の席をとってほしいなぁ~」なんて言おうかと思ったが
それは止めておいた。もしかしたら「はまなす」ではこの男の隣の席
になる可能性があるからだ。

盛岡からIGRいわて銀河鉄道に乗換え。何度かこの路線に乗ったが、
車両の外観は東北本線を跋扈するロングシート車両701系の色違いと
いったところで、元々JRなのにという気持ちが今もある。
後でこの会社が異なっている事で少々面倒くさいことになろうとは
このときは知る由もなく、列車旅は続く。

2両編成は観光シーズンだけに、席は早々に埋まっており、
立ち客で混雑している。想定していたが、若い人を多い。
席に座っている若者2,3人組は、発泡酒の缶を片手におつまみを
食べている。私はロングシートでは飲食する気がまったく起きない。

今談笑している彼らも私と同じ「はまなす」組だろうか。
2両のロングシート車両は盛岡を発車した。
クロスシートに比べると進行方向の足元の窮屈さはないけれど、
向かいに座る人の目を気にしないといけないからあまり景色が
楽しめないので、2時間でも時間は長く感じてしまう。

金田一温泉や目時に列車が走る頃には窓の外は夕暮れ。
もうすぐ2日目の夜を迎えようとしている。
立ち客の若い女性は首にぶら提げた一眼レフのレンズを窓に向け
暮れ行く山々の景色にシャッターを押していた。
マニアという意味ではなく、社会的に容認されはじめているのだろう
「鉄子」の存在は確実に目に見えて増えていると感じる。


八戸から青森もおなじみのロングシート車両。
席はほぼ埋まっていたが、よく見たら一人分空いていたので、
なんとか座ることが出来た。途中の下田に着く直前、デットセクション
なのか、前寄りと後寄りの蛍光灯を残して車内が暗くなる。
下田のホーム直前で元どおり明るくなり、ここで特急の通過待ち。

青森のひとつ手前、東青森ではなぜか少々停車したが、
ようやっと青森に定刻到着。


「はまなす」が発着する4番線ホーム、自由席車両の乗車口まで
歩いていくと同時に、赤いディーゼル機関車と青い車両がゆっくりと
入線してきた。21:30入線。普段よりも40分程早い入線である。
上野始発の「北斗星」のように、入線時刻がJR時刻表には
書かれていないので、駅に問い合わせるなどしないと不明だ。
今までの乗車経験で22:12入線と思っていたから、
まあなんとかなると思っていたら、絶望的な長蛇の列。
ホーム反対側にまで及び、下手をするとホームから転落者が
出るんじゃないかという状況である。

----これは絶対に座れない。

乗車口のドアが開き、ぞろぞろと人が車内の座席めがけて
流れ込むが、私が車内に入った時点でもちろんすでに満席。
そこで私はデッキへと戻り、洗面台にしばらく居つくことにした。
青森を出ると、次の函館まで2時間以上は立っていないといけない。
しかも発車まで更に1時間以上ある。
つまり3時間は立っていないといけない状況に置かれている。
ならばと、この時間を有効に使おうと思ったのだ。
本当はいけないのだが、洗面台にあるコンセントで携帯電話と
デジカメの電池を充電しながら、洗面台で髭剃りをしているフリで
発車まではしばらく頑張る。その間にも人は乗り込み、気づけば
座席の通路にもデッキにも人が溢れている。


そんな殺伐とした中で急行「はまなす」は22:42青森を発車。
車掌の車内アナウンスで「デッキ付近は人の乗り降りに迷惑が
かかるので、なるべく車内へ」と伝えてはいるが、すでに車内の
通路には人が溢れている状況、デッキ以外に乗る場所がない。
だから、洗面台に張り付いていても不自然とは思われないので
返って好都合である。発車してしばらくは車掌の往来があったので
充電している携帯電話を体で隠すようにして、髭剃りをしている
フリでやり通し、それが済むと今度は時折洗面台を使う人に
どいてあげないといけない。

23:17。車内アナウンスの後、車内灯減光。
23:20。青函トンネルに入る直前のトンネルを通過する轟音。
23:30。青函トンネルへ。本州としばらくお別れ。

約30分ほどは青函トンネル内の轟音がデッキに響く中で、
函館到着後を考える。多少の人の下車はあるだろうか。
札幌発のように、途中の長万部や苫小牧で地元利用者が
最終列車として下車していく事がほとんどないと思われるので
状況は絶望的だ。函館に到着するまでは携帯電話やデジカメ
の充電で洗面台にいなくてはと気を紛らわすことができるが、
函館から先はどうするか?

このまま、苫小牧まで立っていくことは可能だ。
だが、丸1日寝ないで苫小牧で朝を迎えたとしても、
今回の旅の目的のひとつである日高本線の車内で
居眠りしては意味がなくなってしまう。どうするか?

何も心に決まらないまま、函館へと列車は走り続ける。
この間もずっと洗面台に居続けたわけだが、意外とトイレの
出入りが多い事は発見である。こんなことを発見しても
何かの役には立つのかわからないが、2分か3分に1度は
誰かがトイレにやって来ているのではなかろうか。

今回の行程をよく見たら、青森で風呂に入る余裕がない。
急いで風呂に入って、駅に戻ってまた汗を掻くぐらいならと
風呂は見送ったが、衛生的によろしくなかろうと着替えだけしようと、
そばのトイレに入って、狭く揺れる空間でどうにか上とトランクス、
そしてソックスをはき替える。
効率よく着替えた積りだったが、それでも着替えが終わる頃に
外でノックされてしまった。ドアを開けると気の短そうなおじいさん。

日付は変わり、14日。0:07。
トンネルの反響音が急に静かになり、北海道側に入ったのである。

0:19。木古内に運転停車。
洗面台の窓から見えていた、向かいに停車していた回送の気動車が
走り去った。15日の最終目的駅にひとまず一瞥をくれる形で、
再び夜行列車は走り出す。ここまで来ると函館まではあと少し。
函館までは海岸に沿って走っているため、明るいうちなら
今居る洗面台の窓とは反対側の窓から、もしかしたら海が見える
かもしれない。見えない海を想像しながら、15日のお楽しみとしよう。
もっとも行程通りなら、木古内には22時過なので、果たして海が
みえるのかどうかは良くわからない。

1:00。函館着。乗車口のドアは開けど降りる人の気配はない。
微かな希望を抱きながら、自由席車両を移動してみたが、
虚しく23分間の停車時間は過ぎていく。
函館まではデッキの洗面台で頑張っていたが、携帯電話もデジカメも
充電が完了したので、そこに居る意義はなくなってしまった。
座れない事が分かっている自由席車両にこのまま立っていることは
できるのだが、後々の行程を考えると少しでも寝ておく必要がある。

---床寝するしかない。

幸い天気は雨ではないため、床が濡れていたり、汚れていない。
すでに前後で床に座り込んでいる人もいる。
リュックを枕に、思い切って横になる。人の目など気にしない。
これがデッキや通路に人が溢れるほどの乗車率ではなく、
自由席が空いていないだけという状況なら許されないのだろう。
寝転んだら、通りかかった車掌に叩き起こされている事だろう。
デッキの洗面台でもそうだが、トイレ以外は人で溢れていて
特に床寝は天気が雨ではないという状況ではじめて可能な行為だ。

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