2009年3月29日日曜日

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【北海道&東日本パスの旅 4日目】
音威子府の男

網走  
7:43発

↓ 4654D 石北本線

8:49着
北見  ※駅弁購入
9:12発

↓ 3582D 石北本線~宗谷本線
  特快 きたみ

12:20着
旭川
12:25発

↓ 325D 宗谷本線

13:56着
名寄
14:14発

↓ 4331D 宗谷本線

15:10着
音威子府
16:31発

↓ 4335D 宗谷本線

18:49着
稚内  ※宿泊






北見行きに乗る。
網走湖には一面の白い氷が張り、その上にテントがぽつぽつと
建っている。釣り人が座っているのが見える。
流氷はとうとう拝めなかったが、北海道らしい景色である。
灯子さんの本にもあったように流氷は気まぐれである。
ちょっとした風や海流で流れてしまう。
天井を見上げると扇風機。ロゴには国鉄の「JNR」。
根室本線にも使われている気動車、かつて国鉄であった名残を
見られるのもあとどれくらいだろう。

美幌で少々、人が乗ってくる。
ビルや家が密集するのは札幌や旭川、苫小牧周辺を除くと、
線路で巡って、意識があるうちに見ているなかでは他にはない。
そこには向こうまで厚みのある白い絨毯が広がるのみである。
宮脇俊三氏が言及していた「夏の北海道を知っているだけでは
誤解の元になる」とはこの事かもしれない。
夏に訪れた根室までの旅では、涼しいというより肌寒い感じであり
線路に街の上空に霧が出ていたが、雪はさすがに見かけなかった。
霧で線路の向こうが幻想的にぼやけていたが、
今見ている車窓からは白い絨毯が広がるばかりである。
少々心細くなってくる。
これで猛吹雪だったら、さらに印象は違っていることだろう。
夏と冬で、北海道は全く違う表情を見せるのである。

しばらくすると網走川を横切る。
川の名前を書いた看板のデザインが凝っている。
走っている車内からだから、看板はすぐに背を向けてしまうが
JRの駅名版を模したデザインになっているのだ。
そんな看板がある事は知らなかったので、デジカメのレンズを
向ける余裕はなかった。ここで停車してほしいという願望が
叶えられても、それでは今日中に稚内には到着できないだろう。

柏陽から急に人工的な風景に囲まれるようになる。
独特の煙突、屋根。温暖化は流氷だけでなく、この屋根や煙突にも
影響を与えるのかもしれない。雪が降るからこの屋根、そして
日本の何処よりも厳しい寒さを凌ぐための暖房用の煙突。
温暖化で雪も寒さも和らいでくれば、こうした風景は今は昔の
ものとして消えていくのではないだろう。






北見に定刻着。
ここで特別快速に乗り換える。1日に上り下りともこの一本しかない
本当に特別な快速列車である。そしてこの列車が遅れてしまえば
普通列車だけでは今日中には稚内には到着できない。
普通列車だけを使う旅行者にとっては上級レベルの路線ばかりが
そろっているのも、北海道ならではだろうか。
本州側から北海道へ入るにも夜行の急行「はまなす」以外は
特例乗車が認められている限られた特急列車に乗っていくしかない。
時刻表を開いてみると、北海道に入ってからも札幌近辺まで
辿り着くのも容易ではないことが伺える。
急行「はまなす」以外は直通の普通列車はないからだ。
途中駅で乗り換えて、列車本数が少ない故にしばらく待つ。
その間に高速で特急列車が横を走り去る光景を見ることだろう。
私を含めた鉄道オタク泣かせの路線であるのだ。

改札を出てそばで駅弁を売るおばちゃん。
私の前に買った人も同じく稚内まで行くと話していたらしい。
向こうに数人の若者が集まっているが、彼らだろうか。






特別快速に乗り込む。
車窓を見ながらゆっくりと駅弁を食べたい。
そのためには早めに改札に並んで、席を確保しなくてはならない。
改札を抜け、なんとか席を確保。

愛内着。「あいのない」と読むが、「愛のない」駅ではない。
ただ小さな駅舎に等間隔で「あいのない」と貼られた駅名版を
まるでそれを強調しているように見えて面白い。

西留辺蕊~金華の間でシカに遭遇。
線路に飛び出したシカを轢かぬように、列車は急停車。
シカがまだ飛び出さないか、運転士は警戒しながらゆっくりと
列車を動かし始める。乗客が前の様子を見ようと席から
総立ちになっていたが、私も例外ではない。
ここでは皆一瞬にして、同じ考えをしていたらしい。
ゆっくりと走り出した車窓を見ると、シカが数匹こちらを
見送っている。根室本線では見られなかったシカをようやく
ここで見ることができたのはうれしかった。
運転士にしてみれば、神経を一番使う場面であろうから
気が気でないだろうか。

本来のスピードを取り戻して、気動車は走り出す。

すぐうしろで向かい合わせに座っている先ほどの若者たち
聞こえてくる会話から、どうやら大学受験を考えている
高校生らしい。受験勉強の気晴らしか、受験勉強前の時間が
ある今のうちから、仲間を募っての鉄道旅行だろうか。

安国着。乗ってきて車両の後ろへと進んでいった目がきつい
女の子が来ている黒いジャージの胸には「羽球部」の刺繍文字。
バトミント部だろうか。

遠軽はスイッチバック駅。
進行方向が逆になる。テレビで前に見た記憶がある展望台は
大きな岩石の上に日よけの傘上の物が建っているものが見えるだけ。
右手にそれを見ながら、列車は旭川へと向かっていく。

列車は白い絨毯の上をリズミカルに横切っていく。

瀬戸瀬を軽やかに通り過ぎ、丸瀬布で特急列車の通過待ち。
遠軽で座席の向きを変えたため、今度は例の若者たちの会話を
背中越しに聞こえる形になる。さらに会話は続いているが
どうやら理系の高校生らしい。教師に対する悪口は若者たちが
集まると交わされる会話では相場になっている。
それぞれが自分の知り合いや友人の話を話題しているが、
彼ら4人に共通の友人というのはいないらしい。
「銀」は意外と汚くて黒いことよりも他人は自分が思っている以上に
汚れていることを早く感じたほうがよいだろう。
どれだけ色んな人に触れることができたか経験値が問われる。
この世界では偏差値よりも経験値が試される。

集団旅行のデメリットはひとつ。
気ままに楽しむことができない。どうしても仲間に気を遣うので
車窓すら満足には楽しむことはできないのである。
そして必ず計画実行のリーダーの存在が必要になってくる。
限られた時間で、参加者全員が出来る限り満足するようなルートや
観光スポットを計画するのが理想だが、それはあくまで理想論で、
実際に集まっても話し合って決めるということはまずない。
ほぼリーダーが考えだした計画で良いかどうかを確認するだけに
留まるだろう。そして旅行中という段階であれを見ておけば、
ここは行かなくても、という不満を心の中にしまい、
その気を紛らわすため、集まった仲間とひたすら無駄話に
講じることなる。鉄道に関する話題で話が盛り上がっても
良さそうなものだが、不思議なもので他人の話題に始終する
ことになる。普段の通学列車でも話せるような無駄話が多い。

ひざにJR時刻表を乗せている彼がリーダーだろうか。
見方によっては、他の3人はさして鉄道旅行に興味があるわけでは
なくて、仲間だから集まったという風にも見える。
リーダー格と思しきそんな彼もやはり時刻表や車窓を見ること
よりも、目の前の仲間たちに気を遣うことにエネルギーを
注いでいるようだ。
旅行の共通の目的があれば、話の内容も旅に関することで
弾むのだろうが、そういう集団ではなさそうだ。
リーダーが居なければ、誰をベースにして場をやり過ごさないと
いけないかが分からなくなり、緊張するのである。

リーダー格がいくら気を遣っても、話題に乗れない人は
自然と出てきてしまう。それが私から見て手前の2人であるが、
左側の人が、しきりに先ほどからペットボトルのお茶を口にする。
車内は暖房が利きすぎて確かに暑いが、ひたすら飲まないと
いけないほど喉の渇きは覚えない。
そう、手持ち無沙汰になってしまった時の特有の動きだ。
例えるなら、ホームで列車を待つときの姿勢だろうか。
両手はポケットに入れるか、腕を組まないと何となく気持ちが
悪いという状況に似ているかもしれない。
外へ出ると、どうしても人目を気にせざるを得ない本能故か。



旭川からは宗谷本線に乗換えるが、
乗換え時間は5分しかない。乗り換えた列車の席がすでに
埋まっているリスクを考えると、駅弁を広げることにしよう。

石北トンネルを抜けると、北海道で最高所の信号場、
上越信号場を通過する。根室への旅では特急列車で高速で
スノーシェルターを通り過ぎただけだが、今回はゆっくりと
普通列車で走ってきて、その必要性がようやく理解できた。
雪でポイントや設備が故障しないように防ぐためであることを
ようやく理解できた。そのことに気づいたのは実は昨日の
特急列車で新夕張~新得を乗って、後方展望を楽しんでいた
時だったが、普通列車で乗り継いでいく時間をかけた旅で
なければ、後方展望という考えに思い至らず、通りすぎる
スノーシェルターの必要性に気づくこともなかっただろう。

しかし車内は暖房が効きすぎて暑い。
Tシャツ一枚でも大丈夫なほどである。
たまらず上着を脱ぎ、長袖の袖を捲くる。
天気予報では雪となっていたが、幸いにも天気に恵まれた。
これが雪や雨だったら、車窓は違った印象となるのだろう。

11:26分。再びシカが飛び出したのか、急停車。
今回は車内アナウンスで「シカとはぶつかっていません」
と告げ、怪我した方がいるかと言っていたが、
怪我をした人がいるのか、いないのか、誰も名乗りあげる
人はいなかった。
どのあたりを走っているのか、携帯電話のGPSで確認しようと
すると圏外になってしまった。

駅弁の蓋を開ける。
帆立が具になっているこのコロッケみたいのは大変旨い。

駅弁うめぇ。

駅弁を売るおばちゃんにおすすめを訊いたら
この駅弁を薦められた。今入荷したばかりでなかなか入手
できない駅弁だそうだが、他に並んでいる駅弁よりも
一番値段が高い駅弁を薦めたと勘ぐれないわけでもない(笑)
しかし、それを抜きにしても大変おいしい。
だから量がちと少ないのが残念だ。でもこれくらいが
味わうには丁度よいのかもしれない。

冬の北海道では雪見酒ならぬ、雪見弁当も鉄道の旅の
楽しみのひとつであることを知った。
時刻表にはこういうことは書いていないのだ。

安足間(あんたらま)、愛山(あいざん)を軽やかに通り過ぎ、
中愛別で再び特急列車の通過待ち。

相変わらず、私の前の彼らの会話はだらだらと続いている。
話題も対して色はない。ただ、やはり手持ち無沙汰の彼は
とうとう居眠りを決め込んでしまったようだ。

上川と当麻はそれなりに利用者がいるようで、どっと乗る。






旭川は定刻に到着。これから乗り換える宗谷本線はwebや
写真しか見たことがなく、1両の気動車がゆっくりと走るという
イメージしかなかったが、旭川からの乗り込む
列車は気動車の2両編成。その2両目に乗り込む。
後で名寄に着いて気づいたが、宗谷本線は旭川から名寄までと
名寄からは稚内までが、私がイメージしていた1両の気動車が
結んでいるのだった。

白地に黄緑色と細い青の帯が入った2両編成は途中の新旭川まで
今まで乗ってきた釧網本線を戻ってくる形だが、新旭川から
分かれて、ようやく宗谷本線となる。

先ほどの「あいのない」に続いて、「和寒」も面白い駅名だ。
「わっさむ」と読む。ギャグが滑って「わっさむ」
北海道だけに「わっさむ」・・・独り言です。






さて先ほどまで一緒だった若者たちを見かけない。
ただ2両編成だから、もうひとつの車両に乗っているかもしれない。
それでもとなりのボックス席には先ほどから見かけている人が
座っている。もしかすると、この人だろうか?
その人も雰囲気も私と同じでどうやら鉄道オタクの雰囲気を
醸し出している。一般人とは何か違うのが分かるのだ。

2両編成は、順調に走っていく。

士別着。なんとも縁起の悪い駅名だ。「しべつ」とは、
「死別」を無理やり変えたのだろうかと思いたくなる。
右斜め前のボックス席に向かい合って座っていたサラリーマン風の
中年2人が、降りていった。






名寄に定刻着。
今日乗る最後の列車はようやく宗谷本線らしい1両の気動車。
発車の少し前から心配していた雨がとうとう降りだした。

14:14発。「いよいよ」稚内に向けて、ラストスパートである。
4時間強の各駅停車の旅である。

日進を発車した後、左手から天塩川が寄り添う。
驚いたのは、雪にすっかり埋もれている道路標識である。
道路端を示すポールも同じように少し顔を出しているから
そこには道路があるのは違いないが、それさえなければ
全くわからない。通行止めゲートも閉まったまま、
半分以上が雪の中。ゲートを閉めなくても通行不能である。

雪が道路を白く隠している分、天塩川の優雅な流れる風景を
楽しむのに、邪魔な要素がなくて、むしろ都合がよい。
あの宮脇俊三氏もこれならきっと機嫌がよかったことだろう。
降るときは徹底的に降る、これが北海道の雪らしい。

美深(びふか)では乗客の半分が降りていく。
まずまずの利用客があるようで、隣の駅に比べると駅舎も
外壁がレンガ造りの立派なものである。

初野駅の木張りの質素なホームを通過し、
天塩川が再び蛇行しながら寄り添ってくる。
後で時刻表を調べてみてわかったが、通過した初野駅は
上り列車が1日にたった1本、17:51発が停車するだけだ。
下り列車は他の駅と同じように停車するが、上り列車を
利用するためには車か徒歩で隣の駅に行くしかない。
時間があれば、下り列車で隣の駅まで行って、初野駅に停車する
唯一の列車に乗るしか方法はないだろう。

程なくして、紋穂内着。
どうやら2両編成でとなりの席に座っていた彼は私と同じく
稚内まで行く同業者らしい。車両の前や後ろへと移動に忙しい。
私は「日本鉄道旅行地図帳」の第1号を持ってきた。
北海道の現役線、廃線を地図に正確な尺で記載されており、
トンネルの名前だけでなく、信号場や、複線か単線かまで
記載されており、車窓からの絶景ポイント、そして鉄道オタクの
気持ちをよくわかっているのだろう、北海道と本州をつなぐ、
青函トンネルまでも記載されていることである。
お陰でトンネル通過の度に、今のどのトンネルを通過しているのか
よく分かるので、時刻表を繰りながらそろそろすれ違うはずの
列車を待つのと同じような楽しみ方ができる。


彼は、全国道路地図を下敷きにしてレポート用紙に
何か一心に書き付けている。私と同じように見たままの旅行記を
書いているに違いない。間違いなく、彼は車の運転などしまい。
するかもしれないが、しない雰囲気が漂っている。

意識がいつの間にか飛んでいた。油断した。






目が覚めると、誰も車内にはいなくなっていた。
静かな車内にエンジン音が唸るだけである。
すでに音威子府に列車は停まっていたのだ。
なぜかここで1時間20分も停車する。これほどのんびりと時間を
使って走っていく鉄道も北海道以外では見れらないだろう。

車内のトイレから出ると、一人の男性がこんにちはと
車内を伺うようにしながら、私に話しかけてきた。
鉄道オタクが食いつきそうな話題、寝台特急「富士・はやぶさ」
の廃止の話からしてきた50代とおぼしき男は、少し話しましょうと
私を車内へと招く。この時点ではまだ少し警戒していた。
以前に秋葉原に交通博物館で声を掛けられ、待ち合わせの場所に
行ってみて話の内容が明らかに宗教勧誘だったので、振り切って
逃げ帰り、危機一髪だった思い出がある。
この正体がよくわからない男もそうではないかと警戒しながら
話を聞いていたが、聞いているうちにどうやら単に誰かに話を
聞いて欲しいだけであることが分かってきた。

そうと分かれば、あとは相槌を打って話を聞くに徹するだけだ。
宇崎竜童になんとなく似ている風貌の男だったが、
話の8割は自分の女性関係の遍歴についてであり、あとは
自分のこと、北海道出身であり、現在は休職中で雇用保険を
貰って北海道中を二輪車で回っているそうだ。
回った先のスナックで女性と戯れながら、酒を飲むのが日課らしい。
あとは東京へ転勤したという友人と自分の先輩のこと。

休職中なら尚更、二輪車で旅をしている場合ではなく
生活の収入を得るために、転職活動せねばならないだろう。
だがこの男に言わせると、開き直りが大事らしい。
どういう事情で休職の身となったのかは知らないが
自分のやっている仕事にあまりに責任を感じすぎて、
鬱になるなら、追い詰められる前に自分から仕事を辞めたほうが
いいと、まとまった時間でこうして旅に出たほうがいいと
力説していたが、汗を掻いていないのに首にかけた白いタオルで
しきりに拭いて鼻の頭が少し赤くなっているこの男の精神力だけは
強いことはよくわかった。

件の東京にいる友人とはまだ連絡を取り続けていて
東京へ遊びへ来いと誘われているという。どうも行こうかどうか
迷っているようにも見えたが、東京の女性がどんなものかを
期待するなら行くだけ失望すると助言しておいた。
北海道人が見ている地元の女の子、私が道中で見かけたような
女の子は東京にはまずいないだろうと、そんな話をしたところで
東京人の反応はあまりよくないことを話しておいた。

この若造の話を信じたのかどうかは定かではないが
発車の7分前の16:24、男はがんばれよと言い残し、車外に出て
駅舎へと消えていった。何を頑張るのかまったくわかならないが
あの男が二輪車でやってきた事も定かではない。

ただ、何となく男は50代の自分がここに会いに来たのかもしれない
と感ずるものがあった。
世界的不況として、身分的に安心と思われた正社員ですらもいつ
仕事を失うか分からない時代にある。
高度経済成長の時代を引きずるように、恵まれた環境に甘んじすぎると
環境が替わったときに、もろに弱くなるリスクが潜んでいる。
石田衣良著の「アキハバラ@DEEP」にも、これを「過適応」と表現して
同じ環境に適応し過ぎた組織の環境が変わったときのもろさを
言及している部分があるが、今はその「過適応」な人間たちが
試される機会になりつつある。自分の「ケツ」に火がつき始めたら、
火を消すためにはどうにかして消さないといけない。
先ほど別れた男は女性関係で「当たって砕けろ」論を展開していたが、
仕事にしても同じ事が言えよう。
仕事での失敗はしたくないものだが、失敗こそが自分の質を高める
よい機会なのである。もちろん同じ失敗をすれば信用を失ってしまうが
人間は失敗して成長するようにプログラムされている。
その失敗を自分の質を高める調味料にできればよいのである。
特に仕事を失ったとき、次の仕事を探すときに自分が今までしてきたこと
そこから自分がしたいこと、しなければならないことを見つめなおす
よい機会なのである。世界的不況、まさにこの逆境こそが自分を
意識する良い機会であると、図らずも先ほどの男と話して思いに至る。
この逆境の波に飲まれた時、どれだけ強い精神力を維持できるか
音威子府で出会った男はその意味でかなり見本になりそうである。

列車が音威子府をゆっくりと離れていく。
やはりというか、客は私と少し離れて座る全国道路地図の彼だけ。
どうやら終点稚内まで一緒らしい。





持ってきた例の「地図帳」には絶景ポイントとして記載しているが
しばらくは例の男との会話を反芻していて、その天塩川の風景を
楽しむ気持ちが向かなかったが、なんとかその気が済むと、
その流れを楽しめるようになった。よく見ると雪で覆われていない
ところはゆっくりと流れている。「静」と「動」が同居している。
しばらくして天塩川がまた離れていき、夕日が差し込んでくる。





天塩中川で女の子たちが数人乗ってきた。
学校の帰りだろうか。

問寒別。女の子のうちのひとりが、降りて行く。
駅に迎えに来ていた車に乗って、走り去っていった。
問寒別を出ると、夕日が右へ移動しはじめて正面の山々に隠れる。

雄信内でまたひとり女の子が降りていく。
南幌延では車窓から見たこともない夕日がぼんやりと遠くで
光っている。たいていは雲に隠れて見えないはずの夕日が
雲に透けて丸くぼんやりと光っている。
ここに来るまでに見た、ぼやけた太陽もそうだが、北海道特有の
気候がそのように見せるのだろうか?

幌延で上りの特急列車待ちで6分停車。
メモ書きをしている間にどうやら、宗谷本線唯一のトンネルを
見過ごしてしまったらしい。
明日、帰りの列車でじっくりと見ることにしよう。







静かに稚内のホームへ近づいてくる。
最北端の駅の夜は見上げると静かに星が瞬いている。
改札を出ると、駅前ではブルドーザーが除雪作業で重機特有の
唸り音を響かせている。駅前のまだ開いている土産屋の
おじさんにも聞いたが、稚内ではどうやらもう流氷を見ることは
なくなったという。前に数年ばかり観光船が運航していたそうだが、
海の上の観光資源は大変気まぐれなようである。



宿に落ち着き、土産屋の隣のラーメン屋に向かう。
北海道らしい(?)ラーメン屋の隣の先ほど訪れた土産屋は早々と
シャッターを閉めてしまっていた。
稚内名物なのか、カニラーメンなるものを頼む。1500円。
値段が高いが、具にはきっとこの北海道でないと食べられない
カニの足が実入りでいくつか載っている。
瓶ビールをゆっくりと飲みながら、ゆっくりと味合う。


店を出てしばし駅から北防波堤ドームがある方向へ歩く。
ずっと立っていると寒いが、邪魔な灯りがないことと寒さも
手伝って見上げた夜空の北斗七星がものすごく近くにある気がした。
手が届くかもしれない。この景色を忘れないだろう。
朝靄で隠れる根室本線の線路のむこうのように。


かつてはこのドームまで線路が延びていたそうだ。
樺太へ向かう船に乗る客をここまで列車が運んでいた時代があった。
駅もあったそうで、今は復元工事されたこのドームだけで
線路も稚内駅までで終わってしまっているが、かつては
ここまで線路が延び、正真正銘の最北端の駅だったそうだ。
今、私が見上げているように、ここで列車を降りた人たちも
船に乗る前に夜空に瞬く星を見上げていたのだろうか。

ノシャップ岬まで歩いてみようかと思ったが、歩いているうちに
体が冷えてきて、2回も小便をしてしまった。
駅から約5km、歩いていけない距離ではないが、雪で滑りやすく
ほろ酔いの体で歩いていくのは何より危険である。
それよりも関東人が体験する初めての寒さに早くも宿に戻って
ゆっくりとしたいという気持ちが強かった。

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