2006年8月31日木曜日

つくもノヲ”X="1≠ 040



電車の女の子どうしの会話から。

別れ際のあいさつ
「またねー。メールするから」

ほとんど、メールが来る事はないでしょう。

日比谷線の銀座駅と東銀座駅は近すぎます。
駅を出たら、というより銀座駅から覗けば、東銀座駅の明りが見えるでしょう。

地下鉄といえば、都市伝説か本当なのか品川の海岸通りにあるといわれる
使われずに終わった昭和橋駅を見てみたいなと思っています。

村上春樹の「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」にあるような
やみくろと地底の世界があるかもしれません。

やみくろは人を襲い、井戸に吊るして腐った部分から喰っていくそうです。
地下鉄の保線工がときどき行方不明になるのは、そのやみくろのせいとなっています。

地下鉄には銀座線が登場します。表参道駅と青山一丁目駅のちょうど真ん中の位置に
下水のトンネルが線路からつながっていて、そのトンネルの向こうにやみくろの聖地がある
地下への道がつづいています。

脱出するときに線路を渡って、青山一丁目のホームに上がり、改札から出るシーンがありますが
実際に線路は渡れないでしょう。電車へ電気を送るレールが線路のそばにあるので
間違って触れたら感電してしまいます。

実際にできないからこそ、想像することを楽しむことができるのです。

最近、メダルゲームにはまっています。
写真は本厚木のミリアンパークで「ファンタジックフィーバー2」というプッシャーで
JACKPOTをとったときの写真です。1520枚と1841枚でした。
この液晶画面の上部から大量のメダルが降ってきます。

JACKPOTをとると、メダルはだいたい1000枚くらいになります。
最近はまた、店の設定がきつくなったのかJACKPOTチャンスにすら
ありつけず、負けてばかりです。

この負けを取り戻したいですが、あまりのめりこむと金がかかってしまうので
ほどほどにしないといけません。
競馬にのめりこんで、借金する人の気持ちがすこしわかるような気がします。
競馬の場合は金を増やすのが目的なので、元金が増える可能性があります。

それに比べて、メダルは増えてもメダルなので借金する可能性は低いでしょう。
(メダルゲームで借金する人はいるのでしょうか?)

今日もいってきましたが、店の設定が厳しいためか、JPチャンスにいくが
はずれて、100枚とか、200枚でした。

1000円300枚の店ですが、こう毎回毎回こんな感じで負け続けていると
もうやる気がでなくなります。そして、ステーション2,3,4とメンテナンスのためか
メダルの投入口はふさがれていました。

「グランドクロス」というメダルプッシャーでは最大級の話題の機械が稼動し始めましたし、
こうエラーばかりの店員泣かせの状態では、近く撤去されるかもしれません。

液晶画面で動き回る、魔女っ子のマーチがかわいくてこれオンリーでやっていましたが、
これを機にもうやることはないでしょう。

やってみてわかりましたが、金ばかりがかさんでメダルは増えません。
エラーさえなければ、300枚で3時間は遊べるので(スロットの設定によりますが)
結構楽しめるだけに残念です。

2006年8月26日土曜日

つくもノヲ”X="1≠ 039

8/26日 夜勤の谷間のため、朝の早起きは中断せざるを得ません。
それでも、ご飯を食べる時間帯は普段となるべく同じようにしています。

夜の10時に食べて、明け方少し眠くなるので、寝て
そしてあさ8時くらいに朝飯を食べるのです。

会社からの望む日の出は割りと好きです。
暗闇から徐々に光が入ってくるあの瞬間が好きです。

さて、昨日は夜勤明けで、ひさびさではないですが
近くの喫茶店で昼飯でもどうとメールが来ました。

11時にその喫茶店で待ち合わせて、食事をしました。
1時間くらいして、その店出て、そして帰って寝ました。
そして先ほど起きました。これから夜勤があるのです。
この夜勤が終わると、明け休みとなります。

母はいいました。働くとはうまいご飯をたべるためだと。
何もむずかしい話ではないのだと。

そうかもしれません。かなり単純なことなのかもしれません。
そう考えれば、すこし気持ちが楽になった気がします。

こころに余裕ができると、明けでふらふらどこかへ立ち寄る病が
再発しそうですが・・・・・・・・・。

もしかしたら、あしたはひさしぶりの秋葉原行きになるかもしれません。

井上 春樹著
アンダーグラウンド

95年3月20日に発生した「地下鉄サリン事件
そこで被害にあった人たちに井上 春樹が単身対面インタービューしたものを
本にしたものです。報道ではわからなかった事件の本当の姿を求めるため
脚色なく、被害者の口から出たその言葉をほとんどそのままの形でまとめて
あります。

インタービューの対象は被害の重度の関係なく、行われています。
700ページ以上ある分厚い文庫本です。

3分の2ほど、読み終わりました。
この事件で11人の方が亡くなられました。

だからその影響もあって、明日の明けではその地下鉄ホームに降り立ち
違った目で見てこようかと考えています。

井上 龍著の「5分後の世界」に出てくる「アンダーグラウンド」は少し似ているかも知れません。

2006年8月21日月曜日

つくもノヲ”X="1≠ 038

08/21 今日で早起き宣言して21日が経ちました。
その間、石川県の白山連峰に登りに父と父の友人の方たちと出かけたり
昨日も地元の丹沢へ父と7時間かけて登って降りてきたを除けば
1日も欠かすことなく、やってきました。

まだ母の協力が必要ですが、
なんとか起きてウォーキングから始まる1日を過ごしています。

たかが、早起きですが、実際にやると
頭の回転が少し早くなるようです。とくに今まで埋もれていた記憶が
すぐに出るようになった感じです。また、滑らかに話せるようになったようです。
今まで、たまに呂律が回らないときがあって、気になっていたのでこれは一歩前進したかな
と感じています。

当たり前ですが、早起きする分時間に余裕が生まれます。
普段できないことが少しですが、できるようになります。

そして、一番大きいのは行動に自然とメリハリがついてくることです。
早起きしてもオナニーだけは相変わらずしていますが・・・・・・。

前向きな気持ちになったのは手ごたえとして感じています。

夜勤明けも以前はそのまま家に帰らずにアキハバラに寄ってから帰るようなことを
していましたが、これはあまり体によくないので
よほど用事がない限りは、家にまっすぐ帰ってすこし寝るようにしています。

疲れたらできるかぎり寝る、これもまあ当たり前のことですが。

さてこの間、とうとう5年も使っているデスクトップのOSが立ち上がらなくなってしまいました。
問題は立ち上がらないことではなく、ハードディスクに入っているデータの救出でした。

それまで、リカバリCDの修復機能を使って、OSを立ち上げて
だましだまし使っていたのですが、これをやってもとうとうエラー画面が出て、
立ち上がらなくなってしまいました。

xpのリカバリCDは修復のためのコンソール機能がありますが、
なぜかデータを別のメディアに写そうとしてもアクセスが拒否されてだめでした。
何度か考えれることを試しましたが、あきらめるしかありませんでした。

そんなわけで一部のデータは救出できないまま、フォーマットしてOSの再インストールを
余儀なくされた次第です。あぁ、苦労して探した私の宝が(二次元のエロ画像)

現在OSは問題なく動いていますが、また再発しないとも限りません。
ですので、xcopyを使ったバックアップのバッチファイルを作ろうかと考えているところです。

長年、Windowsを使っていて感じるのは、何かエラーメッセージが出たり、エラーが発生した際は
ほとんどの場合は回避できた試しはないなということです。

OSのAPIがきっと複雑怪奇だったり、何が原因かはわかりませんが。

パソコン本体のハードウェアもだいぶ使い込まれているので
劣化してきているというのも原因かもしれません。

無線LANを使っていますが、刺しているLANアダプタの電波状況が不安定の時があるので
ネットワークアダプターあたりのハードウェアがすこし壊れ始めてきたのかなと
怪しい感じです。

気になっているので「ゲド戦記」を見に行こうと思います。あまりいい評判ではないようですが。

予告でテルーが言っている「生きるのを大切しないやつはきらいだ」というセリフは
最近、自殺しようかと考えて家出した僕にとってはすこし響くものがありましたので。

テルー役の手嶌葵はそのまま、実写にしたら出られるじゃないかと思うくらい
キャラがかぶっているなと思っています。

ハウルの動く城の荒地の魔女役の美輪明宏もキャラそのままだなと思いましたが。

それで今日、見てきました。
まず龍は話にほとんどかかわってきません。
むしろいらないくらいです。

話の構成からすると、主人公が人質を助けにいくというありがちなものなので
その目で観れば、批判があるのはわかる気がします。

たとえば、冒頭でなぜアレンは父を殺したのか
それは最後まで謎でした。だから、そういう風に構えて観てしまうと
ほかにも突っ込みたくなるようなシーンはいくつもあります。
しかし、その目ではおそらく、何も感じることはできないと思います。

セリフをよく聞いたほうがよいです。
それはどんなことを言おうとしているのか、感じようとすることです。

印象に残っているのは、アレンのセリフです。

「死ぬのが怖いんじゃない、生きるのが怖いんだ」
「いつか終わる命を大事にすることなんてできるのかな」

アレン少年は現在の私に重なる部分がかなりあったので、共感したという
こともあったとは思います。
短時間でアレン少年があそこまで、
立ち直っていくのは少し無理があるかなとは感じましたが。

セリフの一つ一つに現代社会の今を代弁するような意味が含まれて
いるというと大げさな表現でしょうか。

映画のキーワードは「限りある命」です。
人間は映画の世界では奴隷として扱われています。

重要なのは、人間が奴隷であるということではなくて、
かつて「人間」であった彼らが人間であることを捨て
奴隷に堕ちてしまったということです。

生きることに意味を見出せなくなった人間が
奴隷となっていく・・・・・・・

それは現代のわれわれを現しているのではと考えています。

生きるということは、いずれは死ぬことを見つめながら
その限りある時間でどれだけ精一杯輝くかということだと考えています。
だから、いま大事なのは生きることを逃げて、死を急ぐことではなく
苦しいけれど、すぐには輝きを見出せないけど
目の前のできることから、ゆっくりとその階段を登るようにすることでは
ないかなと思います。

僕は、今でもあまり人が好きではありません。
接することにかなり苦しいのと、不安を感じています。
だから、朝の通勤の電車の中で、今日は仕事に行きたくないなと
吐き気のようなもやもやした不安でいっぱいになります。

アレン少年がおびえていたのは、そんな不安かなと思います。

しかし、ここで逃げていてはずっとこのままです。
だから少しでもその目の前の階段を登るために、踏ん張っています。
逃げてはいけないと。ここで逃げたら、僕はもう僕を捨てるしかない。

アレン少年がなりかけたような奴隷にはなりたくない。

主題歌は「テルーの歌」よりエンディングに流れる「時の歌」がよかったです。
映画の帰り道に勢いでサウンドトラックを買いました。

じっくりと家で聴いているところです。 

2006年8月4日金曜日

つくもノヲ”X="1≠ 037

2回目の家出事件で、親戚にも心配をかけてしまい、
埼玉に顔を出した後、7/29日に勤務して、
全スタッフにまずお詫びしました。

顔には出しませんが、どのスタッフも困った人だと苦笑していたことでしょう。
それまで、そんなことも気にしながらこの1年仕事をやってきていたなと
振り返って見てそう思いました。

自分はあの人でもないし、この人でもない。自分は自分であって、他人は自分でないのだから
違った考え方を持っているのが当然なのだといまさらながら、気づきました。
他人の考えばかりに目がいっては、自分を見失ってしまうのだと。

いままでは自分ひとりで何もかも仕事をこなそうとして、仕事でわからないことを人に聞くのは
自分で調べてから、それでもわからなければ聞くことだと思っていました。

だから、調べるといっても自分でどこがわからないかがわからないので、
当然、人に聞くことができないで終わってしまっていたという状況でした。

今回の件を通じて、謙虚な気持ちで仕事に取り組むことにしました。
仕事はがむしゃらに頑張るものではなく、ある程度こなしたら、適当に
息を抜くということであることであると学びました。

こればかりは、経験でしかわからないでしょう。

この先、仕事に対して謙虚な気持ちで続けるのと、メリハリをつけるために
母と一緒に朝の5時に起きて、家から駅周辺を1周して歩くことにしました。
夜勤明けで次も夜勤を除いて、休みの日もやることにしようと決めました。

8月に入ってから、さっそくはじめていますが
勤務日の朝に、最初はすごく起きるのがつらかったですが、
なんとか起きて歩きました。

片手にペットボトルに水を入れて、それを持って歩きましたが、
勤務中は頭がいつもより、クリアでした。
電話対応がありましたが、落ち着いてできたので
効果はあったかなと思います。

とりあえず、8月いっぱいは続けるつもりです。

自分は人とは違うので、比べてどうのこうのということはできません。
それはバラとゆりをみて、どちらが美しいかと比べるようなものだからです。

自分自身は何かをやる意志が弱いと前々から自覚はしていました。
でも、それを直そうとする気持ちがありませんでした。

だから、母にも協力してもらっていますが、
しばらくしたら、これは自分の意志で続けたいと考えています。

人から見たら(ということを気にしないようにしないといけませんね)
ちっぽけなことですが、私にとっては偉大な一歩です。