2013年7月19日金曜日

つくもノヲ”X="1≠ 775

一流のホテルというのは、敢えて一流とは主張しない。 それは、お金持ちが本当は恰好悪いのと同じ話だ。 二流のお金持ちは、お金持ちである事を示したい為に 高価な所持品を見せびらかす事で満足してしまう。 相手にとっては言われるまでは高価な物か知らなかったり、 そもそも無関心な場合が多いにも関わらず。 一流のホテルは、宿泊客にふと気づかせる。 良く見ると、細部に配慮が行き届いてる事をさりげなく。 家族のふとした一言で、東京駅にある有名なホテルに 泊まる事になった。いや、思い切って計画をした。 そのホテルとはかの有名な「東京ステーションホテル」だ。 さりげない配慮が一流のおもてなしである事を 一夜の宿泊客になって肌で感じる事が出来たのである。 そのおもてなしは東京駅丸の内、中央エントランスから 入った瞬間から始まっていた。 正面突き当りのフロントでチェックインを済ませると、 部屋まで女性の案内係が先頭を誘導しながら説明してくれるが、 東京駅駅舎内故に真っ直ぐに続く長い廊下を歩くことになる。 直接部屋だけを案内するなら、一番近いエレベーターに乗れば 事は済むのだが、夕食や朝食で使われる「アトリウム」に近い エレベーターや階段の場所、ライトの色違いでエレベーターホールの 場所が分かるようにしてある工夫をお客の目で確認して貰う為に 時間をかけて部屋へと案内するが、理由はそれだけではない。 長い廊下の両側の壁に注目すると、真っ直ぐに奥まで並んでいる ライトは空間デザイン的に目を惹くが、所々に額縁が飾られている。 東京駅の今と昔を目で楽しむ美術館のような感覚だろうか。 関東大空襲前の東京駅舎や、ビジネス特急「こだま」や展望車のあった 特急「はと」、「つばめ」などの列車の写真は一鉄道オタクとしては 実に興味深いものばかり。独特の長い廊下だけでもここが東京駅の 駅舎内だと分かるが、このホテルが東京駅とともに歴史がある事を 押しつけではなく、さりげなく教える事も理由にあるのだ。 さて、ホテルの玄関前というより、東京駅の丸の内側には普段よりも 結構な黒山の人だかりが出来ている。顔は皆、東京駅に向いている。 東京駅で急遽中止になったプロジェクションマッピングでも 復活する事になったのだろうか? チェックイン後に案内してくれたホテルマンの女性曰く、 天皇皇后両陛下が岩手県方面へ被災地のお見舞いから帰京されるという。 東京駅内で何もなければ、そろそろ東京駅の外にお姿が見えるとのこと。 普段は開かれない、皇族専用の出入口には黒い車が横付けにされ、 しばらくするとその出入口から車へ乗り込まれる少しの間ではあったが、 こちらへ手を振られる姿を拝見できたのはとても幸せな事であった。 開かずの扉の向こう側を覗けるのはそうめったにある機会ではない。 警備上、KITTE 6階の屋上庭園から見下ろす東京駅とその夜景を 堪能する事は出来なかったけれど、天皇皇后両陛下を見下ろす事は 道徳的にやはりあってはならない事ではある。 うまく説明が出来ないけれど、日本人が持つ本能みたいなものだろうか。 その足で東京駅構内にある、東京駅一番街2Fのどさん子茶屋で 今日一日目の旅の夕餉とした。天皇皇后両陛下の東京駅お帰りの件は 旅行プランでは全くのノーマークだったので、嬉しいイベントだった。 その日のビールがとても美味かったのは、気のせいではないだろう。
部屋に戻って、風呂に入って寝るのもいいのだが、 そうそう泊まる機会はないので、ホテル内の探検をする事にした。 ホテルとしては品のない客に映る事だろうが、気にしない事にしよう。 長い廊下の両側の壁に飾られた写真や絵をじっくりと鑑賞する。
その足で翌朝に朝食で使う4Fの「ザ・アトリウム」へ向かう。 夜は23時まで、ディナーを楽しむことも出来るようだ。 翌朝ではじっくりとアトリウムを観察できないだろうし、 ゆっくりと撮影するにも23時以降がお勧めのようだ。 アトリウムとは外から見える駅舎中央の大三角屋根の事。 この屋根裏部屋、といっても大きな広間だけれども、 この空間は、宿泊者だけが立ち入る事が出来る静かな空間。 他のホテルの食堂のように、昼間は一般の客向けの食堂営業を 兼ねる事はなく、外部からの騒がしい雰囲気はここには微塵もない。 調べてみるとホテルの食堂としては、珍しいスタイルのようだ。 大抵の食堂のそばには厨房があったりして、従業員が動き回るような 騒々しい物音が聞こえたりするのだが、この空間には一切ない。 誰もいないのではないか、というくらい静かなのである。 整然に優雅に並んだテーブルを見ると、すでにスプーンやフォークが セッティングされている。バイキングの各食材を入れる容器類も説明の札も。 前日の夜から、6時間も前から明日の朝食の準備が整っている。 準備が早い事にも驚いたが、夜の内に食器類をテーブルに置くことは 置いて朝を迎えても大丈夫という自信がこの空間にはあるのだ。 ここの埃や空気はきっと測られても大丈夫に違いないのだ。 テーブルから違う場所に目を向けてみるとソファーがある。 座ってみると長時間でも寛げそうな空間が設けられている。 そばには本棚と飾り棚が据えられ、装丁が目に鮮やかな豪華本が置いてある。 ホテルからの案内はないのだが、置いてある本は自由に閲覧が出来る。 東京駅について。旅行について。鉄道について。そして建築について。 どの本もじっくりと読みたいが、時間が足りないだろう。 そしてそばのソファーで読んでいたら、いつの間にか寝ているだろう。 ホテルの人に起こされるまで、きっと寝ている。それ程静かな空間なのだ。 そして静かな品のある音楽が気持ちを落ち着かせてくれる。 松本清張が最も有名なのだろうか、戸棚の奥にはひっそりと「点と線」の 復刻版なる本が飾られている。
今度は3階へ降りてみる。アトリウムに続く階段を降りてすぐに エレベーターホールがあり、ここには寛げるソファーとテーブルもある。 このエレベーターホールを中心にして左右の廊下を端まで歩いていくと ドーム内部の天井を間近に見られるスペースが設けられている。 ホテルの外、改札からも見上げる事は出来るが、転落用防止の網越しだ。 網越しではない眺めはこのホテルに宿泊した者だけの特権である。 八角形ドームにそってぐるっとバルコニースペースが設けられているが、 転落事故防止のために、ガラス戸は開かないのでガラス越しでの眺めだ。 スペースの壁にはドーム屋根についての補足説明が書かれたパネル。 東京駅「復原」というだけあって、ドーム屋根のレリーフも当時から 残っていたものを最大限利用しており、歴史への敬意を感じられる。 モノクロ写真でドームを撮影しても当時の写真と区別が付かない、 それくらい、忠実に再現されているのだ。
自分の部屋に戻る。 窓からは丸ビルや新丸ビル、横切っていくタクシーや車、改札方面に 吸い込まれていく人たち(主にカップル)が音もなく見下ろせる。 二重の窓ガラスで開かないが、防音性に非常に優れている。 日本各地の鉄道旅行でビジネスホテルに何度も泊まっているが、 旅行先のビジネスホテルではこれ程静かな部屋では落ち着かない。 だが、このホテルでは静かな方がいい。寛げるための静けさだ。 東京駅の丸の内改札を出る度に見かける光景だが、 車や人の騒音で、あまり好きにはなれない光景だった。 外で見るのと、ホテルの中からでは大きく印象が違う。 恐れ多いが、対面の皇居から眺めているのと同じ感覚かもしれない。 美しい東京駅の無声映画を眺めているような心地よさがある。 風呂に入る。 バスルームは無論、ビジネスホテルのようなユニットバスではない。 扉を開けると、正面には脱衣スペースを兼ねた洗面台。 右手の曇りガラスの扉はトイレだ。自宅のトイレよりも広い。 ウォッシュレットは同じだが、自動で蓋が開くハイエンドモデルだ。 左手の扉の向こうがバスルームとなる。 全面強化ガラスの扉なので、入っているともちろん丸見えだ。 まず、驚くのはこのバスルームも含めて扉には鍵が無い点だ。 だが、それもしばらくすると不要な物だと理解するだろう。 鍵などなくても安心して寛げる空間に他ならないからだ。 バスルームの扉が全面ガラス張りである点も同じ理由だ。 足がゆったり伸ばせる浴槽に浸かっていても全然気にならない。 曇りガラスでは、却って窮屈に感じて疲れてしまう。 体を洗うときには普通のシャワーの他、天井に設置されている レインシャワーがあるのが新鮮だった。 洋画で女性がレインシャワーを浴びるシーンを見かけるが、 あのワンシーンには少しだけ憧れていた。その夢が叶うのだ。 風呂桶など野暮なものはない。むしろ必要ない。 バスルームの優雅な空間とデザインの邪魔なのは勿論だが 普通のシャワーに付いた泡はレインシャワーで流せば良いのだ。 だから置いてあるのは洗う際に座るための白い椅子のみだ。 アップルがバスルームをデザインしたら、きっとこんな感じ というくらい、とてもシンプルなデザインに感銘。 洗面台に注目してみる。 入り口の扉を開けると、玄関のドア付近に設置された姿見と 洗面台の鏡が合わせ鏡の位置となっている。 バスルームと共通になっている光量ボリュームを弄って 照明を蝋燭の炎くらいの明るさに落とすとちょっと怖い空間(笑) 後で調べて知ったのだが、洗面台の下にはお洒落な体重計が あったようだ。確かにガラス製の物体に手を触れてみたが、 あれが体重計だったとは。備品一つにも手抜きがないのだ。 パレスサイドと呼ばれる今回泊まることになった部屋は その名の通り、丸ビルと新丸ビルを挟んで向こうの皇居の森を 眺める事が出来る部屋である。 先程探検した丸の内のドームも、ドームサイドと呼ばれる部屋から 他の人に気兼ねなく、ドーム天井や改札を行き来する人たちの 眺めを楽しめるが、ドーム屋根に沿った構造上それ程広くない。 著名な文人達によく使われた部屋なのは、広すぎず、静かな空間で 自分の仕事に集中するには相応しい場所だったからだろう。 ドームの眺めはドームサイドに泊まらなくても眺められるが、 皇居側の眺めはパレスサイドに泊まらないと見られない。 4Fのアトリウムからも日中帯であれば、同じ眺めを見られる窓があるが、 翌朝は朝食時で混むのでゆっくりと眺める時間はかなり限定される。 ゆっくり眺めるにはパレスサイドに泊まるしかない。 結果的にこの部屋を選択したのは個人的には正解だった。 他にクラシックと呼ばれる部屋があるが、 中央線ホームと隣接しており、眺望は望むべくもない。 窓には敢えて良く見えないように仕切りが施されているようだ。 ベットサイドに置いてあるメモ帳も注目だ。 著名な文人達が愛した歴史的な定宿という事で、 原稿用紙柄とちょっとした遊び心。 ボールペンもどことなく万年筆の形になっている。 テレビ際のデスクには雑誌が何冊か置いてあった。 その一冊、全国の一流ホテルを紹介した雑誌を開いてみる。 冒頭にはリニューアル開業からまだ一年足らずのこのホテル、 東京ステーションホテルが冒頭で取り上げられている。 紹介記事を読むと、宿泊している同じ2階には 松本清張が泊まった部屋があるという。翌朝行ってみよう。 このホテルは松本清張がどうやら「推しメン」らしい。

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