2007年12月8日土曜日

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「教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書」
を読んでいる。

「テクノ依存症」という名のストレス障害がある。
要はインターネットにはまり、最悪引きこもりや鬱になって、
外に出られなくなり、日常生活に障害を来たすもの。

ふとこのことをwebで検索しているうちに、インターネットについて
少しパソコンから離れて、考えに耽ってみた。

ネットとリアルはよく論じられるところだが、この場合のネットは
インターネットそのものではなく、日常で当たり前に使っている
その状況を指す。

例の歴史教科書の前書きにも書いてあるが、
定義ではインターネットとはインター・ネットである。
仲間内のネットワークを相互に(=インター)繋いだネットワーク。

そのネットワークの各両端には使用する人がいて、
主に文字と画像を通じて、コミュニケーションする前提になっている。
日常で当たり前に使っていたから、今まで意識できなかったが
本の活字で使われる表現とは異なる独特のネット文体によって、
主に「文字」ニケーションされている。

例えば掲示板の書き込み。長い文章は好まれない傾向にある。
質問してもよいが、適切な回答は期待してはいけない。いや、できない。
そこには「与えたキーワードでまず、ググれ」という検索文化が
根底にあると考える。目に見えない乱暴な文化が横たえていると見る。

そんな私もネットサーフィンとは検索サイトで検索することだと
思っていた。サイトを見るというだけなら、いろんなキーワードで
検索すればよい。なんとなく自分が求めているサイトがよく見つかる
ような魅力的なキーワードが見つかるまで、インターネットに繋いだ
当初はそれを意識しながら検索していた。果たして見つからなかった。

検索サイトが求めているサイトを見つけるための唯一の手段では
なかったのだ。いろんな人がそれぞれ作っているリンク集から辿る
という手があることもそのうち知った。
コンピュータウィルス、パスワードクラック、ツール、・・・など
検索サイトに普通のキーワードでは見つからない情報が個人サイト間で
リンクされている・・・そういう意味でインターネットはアングラ
だったと感じている。そんな感じで例の本も書いているが、
まさにそんなことを夜毎期待しながら、朝になっていたりした。

エロ画像を落として、オナニーするだけなら長けているが
受け取った情報をフィードバックするのは結構できていないと思った。
自身が興味のあること、私ならコンピュータウィルスを作成する事
だったが、関連情報を検索しまくって、表示される情報を元にアイディア
を練っていくということはできるが、興味がないものはただ閲覧して
ブラウザを閉じるだけという繰り返しになり、結局今まで続いているのは
エロ画像、近年は同人誌からのものを探してオナニーすることだけだ。

コンピュータウィルスに異様に興味があった当初は、だいぶ前のニッキにも
書いたが、excelやwordのマクロや、VisualBasic、VBScript、はたまたJava
、C言語といろんな言語で作ってみようと試していた。
結果、C言語のポインタで一時頓挫したのち、もう一度頑張ってみて
ソケットを使った、webのhtmlソース受信、メール送信プログラムを作る
というところまで至った。そのプログラムも他人のサイトに書かれたソースを
ちょっと変えただけの他力本願レベルのものだが、おかげでブラウザを
使わなくても、サイトのhtmlソースは受信できること、メーラーでなくても
メールの送受信はできること、それぞれの仕組みを少し知ることができた。
またwindowsプログラミングにおけるウィンドウの表示の仕組みを知ったことで、
ウィンドウを非表示にできることも知った。
タスクマネージャーにもわからないように、プロセスを隠すステルス機能を
理解するところまでは至っていない。

それでもブラウザ、メーラーはその仕組みを裏でやっているだけで、
ユーザーには視覚的に判りやすくしているだけと判った瞬間は今までの
ネットサーフィンから少し進歩したなという実感があった。

日常に当たり前に浸透しているインターネット。
携帯電話を持たない者が非常に珍しい目で見られてしまうこの時代。
当たり前に使っているからこそ、機械的に受けることに甘えず
意識して考える時間が必要ではないだろうか。

インターネットとはサイトを見る/コメント欄に書き込む、エロ画像や
ツールを落とす/アップする、メールを送る/受ける、オンラインゲームを
する・・・だけなのだろうか?

そんなことを考えさせてくれる一冊である。

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