2010年7月18日日曜日

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再び都電カフェに訪れた。
初めて訪れたのは夕方。
そこで週末は19時以降は夜カフェとして営業している事を知る。

昼とはまた違った表情が見られるだろう。夜勤明けで丁度土曜日。
その足で訪れる事にしたのである。その前に見ておきたいものがある。

京葉線だけに1編成のみ走っているE331系である。
小田急のロマンスカーを真似たのか、何と連接台車だという。

有楽町のいつもの店で昼ご飯を食べてから・・・の前に是非見ておきたい映画がある。
ジブリの最新作であり、本日17日に公開された「借りぐらしのアリエッティー」である。
本日公開という理由もあるが、久しぶりに映画でもという気分だった。

大人一枚1800円は少々高いが、大スクリーンと大音響で見るのは映画に勝るものはない。
全く知らない人達と隣同士で同じ時間を共有する感覚が列車旅の楽しさに
通ずるものがあるような気がする。



ここでネタバレする訳にはいかない。
ヒロインのアリエッティーはかわいいし、話の展開は真新しいものではない。
今までのジブリ作品を一通り見てきた人はきっと既視感に襲われる(笑)
個人的には通して強く感じたのはその点だった。

アリエッティーが髪を纏めるのに使った洗濯バサミに3000円近くは高いような・・・
映画ポスターも千と千尋の神隠しとハウルの動く城だけしか扱っていなかった。
舞台挨拶のあったこの東宝スカラ座がこんな感じだから他ではポスターすらないだろう。
映画から受け取ったメッセージは現代の人間が他人と関わることに飽和や恐怖の
ようなものを感じてきているのではないか、という事だ。

小人は異世界の人間と捉えてもよいだろう。
異星人をテーマにした様な昔の映画ではなく、もっと身近なもの。
それが人間である。

人間に見られない様にその人間から必要なものを借りて暮らすという設定には
人見知りをする様な直接話しかける事を苦手にしている私のような“オンライン化人間”に
何処か重なった様に思えた・・・
と少しネタバレ感がしないでもない(笑) 気まぐれで買った小説の読後感のような
スッキリしたようなしないそんな気分で東京駅に向かう。






E331系は事前の下調べの通り、12:25発の各停 蘇我行きだった。
同業者は何名かいらっしゃった。
発車の数分前に目的の列車は3番線に入線してきた。
連接台車で一車両が短いとはいえ、14両となると壮観である。
これが高速で通過したらさぞ、かっこいいだろうと想像しながら。





東京のロマンスカーを期待しながら、連接台車の上に位置する席に座って走行音を
聴いていたが、ロマンスカーのようなリズムはほんの少しだけだった。
やはり本家には勝てないようだ(笑) 運転席のすぐ後ろから正面を見ていると、
正面には入道雲が横に広がっている。観覧車が右手に見える頃には夢の国。
もちろん今の私には用はない。

終点の蘇我まで乗っていくつもりだったが、千葉みなとで下車。
横に走り去るモノレールが気になったからだ。
路線は途中から2系統に別れているが、距離が長い方は往復で1時間位。
時間的には間に合いそうだ。

2両編成の車内は所々に空席が目立つ。
大船と湘南江の島を結ぶ湘南モノレールのようなスリルはないが、
スピードを出している割にはあまり揺れを感じない。

家々からは少し離れたところを走るので、江ノ電の軒スレスレを走るスリルもない(笑)






終点の千城台を下車。
列車旅なら駅前観光をしたいところだが、すぐに折り返しの列車に乗りこむ。
車窓からの風景よりも後方に流れる風景の方がちょっと楽しい。
モノレールとその下にJRの線路という風景もちょっと面白い。




一旦東京に戻り、京浜東北線で上野へ。
京成上野からこちらも新規開業した成田スカイアクセスに乗ろうと思ったが、
すでに満席なのか、その次のイブニングライナーの席の販売しか無かった。
本日から印旛日本医大から先、成田空港まで線路が開通し、営業開始となったのである。
イブニングライナーの車両は成田スカイアクセスに使われるものだったので、
車内も白く清潔感がある。これに乗って八千代台で下車。上野から42分であった。

待っていた快速に乗り換えて、2駅。
夜の勝田台は仕事帰りの人たちを多く見かける。
その流れに添いながら、あの都電を目指す。
訪れている客達が身内の、女子高生のような集まりと一抹の不安はあったが、
杞憂であった。
確かに外のテラス席は店の噂を聞きつけて来ました、という感じの若い女性たちの
黄色い声が聞こえて来たが、対照的に車内は静かだった。

例の大竹しのぶ似が店員だった。
その若い女性店員が教えてくれた通り、電車の窓から覗くと正面向こうに花火が見えた。
そばにいた若き男性店員によればこうして見えるのは初めての事らしい。
どうやら幸運な来店タイミングだったようである。

しかし終わりに近かったようで、外で撮影しようと携帯電話を向けたら
もう打ち上げる気配も無くなってしまったようだ。

店員の話ではこの都電カフェも来年9月以降の営業予定の目処が立ってないそうだ。
来年の今頃はもしかしたら廃線の如く、消えているかもしれない。

いつでも行ける店ではないのだ。
それは例の女性店員との会話でも感じた事である。
店員は元々お客とし、この都電カフェに来たそうだ。
本当のコーヒーを出してくれる場所を提供したい、そんな思いをぶつけられる場所として
店員になったそうである。
そして訪れるお客を強引にではなく、客自らがこのコーヒーを中心とする世界に少しでも多く
魅せられないかと探求した結果、ゆっくりと時間を過ごしてもらう工夫から始めていこうと。

コーヒーへの貪欲な知識欲も話し方から感じられた。
注文したチャイは前に別の店で飲んだよりとても濃い。
その感想を話すと、チャイはインドでは紅茶の意味だそうだ。
ミルクなどに混ぜたのがチャイではないのである。
コーヒー同様に豆と豆を混ぜてブレンドしたり、ミルクを入れたりして好みに合わせて味を
楽しむ点は一緒との事。ただ、その女性店員の話で強く印象に残ったのはコーヒーは
何も入れずとも美味しいと思えるものを出すべきというこの店員になった心意気と
その見つめてくる眼差しだった。




店員曰く、コーヒーマニアがいつでも散歩の途中に寄りたくなるような
マニアがマニアの為に作ったような店だと表現していたが、店がオリジナリティで客に
訴えかけるのは本来の商売には不可欠のはずであり、仕事のやりがいや誇りになる。
そんな店は探そうとしたらなかなか見つからないだろう。

本当に好きな客が訪れて欲しいというその心意気は都電の車両を使った珍しいカフェだと
外から見ただけではこの店を知った事にはならないのだろう。

ゆっくりと時間に身を任せてみようと我々客に都電が静かに語りかけているように思えた。
2時間ほどまったりしている間に客は何度か入れ替わったが、どの客もゆっくり時間を
過ごす事があまり得意ではないようである。

2010年7月16日金曜日

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「鉄子の部屋」という本がある。
この本は女性にも鉄道趣味を広めようとマニア向けではなく、
とりあえず気軽に出かけてみようというユルい内容になっている。

その中で鉄道ムードに酔える店としていくつか紹介されていた中に
京成勝田台から歩いて5分のところにある都電カフェが紹介されていた。

小田急線で新宿へ。
新宿から中央線で御茶ノ水へ。総武線で秋葉原。
秋葉原から京浜東北線で上野へ。上野から京成線に乗り換え。
本日最後のスカイライナーが17:25に発車する。
残念ながら勝田台に近い駅には停車しないので、船橋まで乗ることに。






日暮里を出ると船橋まで20分ほどノンストップ。
船橋から快速特急に乗り換え。どうやら閉店の30分前には到着
できそうである。

店の名前は「トレインカフェ」。
地図ではコンビニエンスのサンクスが目印らしいが、歩いているうちに
右手の小高いところに車両らしき建物が見えてくる。
ただ周りの木々に隠れるように同化しているので、知らないとそのまま
通り過ぎてしまいそうである。

ゆっくりと楽しんでもらいたいという空気は実際に見て感じた。
大々的に宣伝するのではなく、歩道の隅に小さく立てられた看板に
「静かに営業しています」と書かれているだけだ。




車両のすぐ隣にはトイレもあるが、電話ボックスよりも狭い折戸は
普通の体型の人がようやく通れる狭さに少々驚く。
太っている体型では使用することもままならないので要注意(笑)

先客のカップルが丁度その車内から出ようとするところだった。
来店のタイミングが良かったようだ。
大竹しのぶ似の若い女性店員に案内される。

昔走っていたという都電の車両はつり革を外したくらいで、
おそらくほとんどが現役だった頃の状態だと思われる。
車内の灯りは現役の頃の蛍光灯ではなく、電球がほんのりと照らす。
強すぎない優しい灯りが落ち着いた車内を演出している。

コーヒーに関してはよく分からないが、「H2ブレンド」を注文。
メニューの説明書きでは苦味が強いとあったので、エスプレッソのように
とんでもなく苦いのかと少し覚悟したが、飲んでみると程よい苦味が
あって、普段飲んでいるコーヒーでは物足りない感じだ。

甘いチョコレートケーキとこのコーヒーの苦味はよく合う。

金・土曜日であれば19:00以降も酒が飲めるようである。
場所が少し遠いが次回はこの都電の中でビールを飲み行こうと思う。
週末とあってかなり賑やかな車内になるのだろうか。
できれば静かな車内であって欲しいと少し期待しながら・・・。





帰りは乗り換えが面倒臭いので、京急線直通の列車に乗る事にした。
時刻表を見ると、20:05発の各駅停車 京急久里浜行きがあった。
赤い列車は2100形。例のドレミインバータであった。
ほとんどがロングシートだが、車両の隅にはボックスシート。
高砂ではまだガラガラの車内だったので、難なく座れた。

このまま空いていたら快適だが、都営浅草線に入る頃には混んできた。

2010年7月15日木曜日

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町田~鴨居、横浜線沿いにウォーキング。

雨の心配があったが、何とか曇りのまま持ってくれた。
この時期は炎天下でウォーキングは自殺行為である。
たったの3時間でも日を浴びていれば日焼けでヒリヒリするからだ。

町田から長津田付近までは携帯電話のマップで確認しながら歩く。
考えずにそのまま歩くといつの間にか、横浜線から大きく外れたところを
歩いていることが多いからだ。

iphone4のマップ機能は素晴らしい。
リアルタイムでGPSによって現在地を知らせてくれるのだが
ほぼ正確には素早く補足してくれる。車のカーナビも必要ないくらいだ。
何より歩きながら現在地を素早く知りたいという願望があったから
自作のGPSプログラムで現在地を確認していたが、前回までの携帯電話
ではスクロールに対応してなかったので非常に使い易くなった。
だが、位置情報を記録する手段がメール送信かブックマーク追加なので
まだ自作のGPSプログラムの役目は終わっていないようだ。

2010年7月13日火曜日

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●きもちぐすり
知りたい人の気持ちが分かる
効き目は30分 一日五個まで

●どこでもバリヤー
てっぽうを打つと怖い人から守ってくれる

●メガネメガネマイ
マイクで見たいものを言うと何でも見せてもらえる

●しんかんバス
とうきょうまで一秒で行く

●ぜつめつよび
むかしの生きものをよみがえらせる
むかしの生きものの名前をここに写す

●どんどん本だな
読みたい本がどんどん出てくる本だな

●だれとでも話せるん
矢印を向けると人でも何でも話せる


ゆりかもめの「船の科学館」で下車して、徒歩5分のところにある日本科学未来館では
9月27日まで「ドラえもんの科学みらい展」が開催されている。
告知のポスターからも大方予想が付くが、ドラえもんの道具がどこまで現実世界で
実現しているのか、しつつあるのかを対比して展示している。

入り口からすぐにそのメインコンテンツがあるわけではなく、まず目につくのは
「小学1年生」などで同じみの雑誌を出している小学館が小学生を対象にこんな道具が
あったらというものを募集し、彼らが考えた道具とその説明について書かれたハガキ大の
紙がずらっと貼られていた。

冒頭でいくつか書いたのはその一部である。

「きもちぐすり」
・・・仕事でもプライベートでも誠に欲しい一品である。誰もが欲しいに違いない。
ただし「効き目は30分 一日五個まで」という使用条件が、これを考えた子が
このくすりに頼りすぎてることはマイナスであることもさりげなく訴えているようである。
のび太のように考えて使うことができるならあってもよいと考えたのかもしれない。

のび太はドラえもんの道具に頼ってばかりのダメな小学生ではない。
毎回の話の展開からそんなイメージが強いように思われているが、ドラえもんの原作者は
事あるごとにのび太が自ら考えて行動する場面を描き、この「きもちぐすり」のような
魔法のような道具に頼ってばかりではいけないというメッセージを送っているのだ。

またドラえもんの道具とうまく付きあうヒントも教えている。
例えば頭に付ければ、電池が持つ限りは自由に空を飛んで移動できる「タケコプター」。
主な用途は人の頭に付けて使うことだが、他の道具と組み合わせることでひとつしかない
タケコプターで複数の人間や物を運ぶことができるというような発想力の重要さ。

道具に満足せず、自ら考えて使う。道具に使われるのではない。使うのである。
すこし付け足せば、別の機能としても使えるのではないか。
面倒くさがらずに流されずに意識して疑問を持って接してみることが大事ではないか。

ひたすら貼られているハガキ大の紙に書かれた道具の名前とその説明を眺めているうちに
そんな考えが浮かんできた。この小学館の募集で残念なのは、どんな道具があったら?
という質問を投げて、それぞれの子の答えを聞いただけで終わってしまっていることだ。

道具を考え出した子たちをこのハガキ大の紙がずらっと貼られたこの場所に呼び
他の子たちの道具と組み合わせれば、実はすでに実現している道具ではないかとか、
これはもうすぐ実現しそうな道具だねとか、そんな議論が交わされるとなお良い。
何よりも道具を考えて使う発想力、そのために必要な情報収集力を身に付けようとする
絶好の機会になるだろうからだ。大げさだが、みらいのドラえもんとのび太を生むことに
なるだろう。

・・・と個人的に嫌いな職種である評論家気取りで書いてみた。(笑)

それは冗談として、こうして一同に議論する機会がないとこの道具を考えた子たちは
それを考えただけで満足してしまっているのかなという印象を受ける。

その元凶はその貼られているハガキ大の紙に書かれた内容をあまり見ずに、ドラえもんの
塗り絵がうまいね、とかおかしな名前の道具だね、とかディズニーランドに遊びに来た
ような感覚でそれ以上の思考をしない親子連れ、カップルなどの大人たちにありそうだ。
他に興味を持ったり、考える事を面倒臭がる風潮が、子供にも影響しているような気が
したのである。

便利に甘受しすぎると人間はより馬鹿になる、というのが私の持論である。
環境もそうだし、使う道具もそうである。あまりにも不便なのはもちろん論外だが
多少の制限や不自由な点によって、どうにかできないかという発想する契機や興味を
持つことがある。考えることをしない人間は半分死んでいるとは言い過ぎだろうか?

小学生たちが考えたいくつもの道具の名前が書かれた紙の前でそんな難しいことを
考えているのはこのときはきっと私以外にはいないだろうと思う(笑)

上であげたいくつかの道具を自分なりに検証してみる

「きもちぐすり」
「どこでもバリヤー」
それほど遠くない未来で実現する可能性がある事は展示のさらに奥に進むと
分かってくるので、後述しよう。

「しんかんバス」
書かれた絵から推測するに、新幹線よりも早いスピードでバスとしても
移動できる乗り物のようだ。スピードについてはどう解決できるのかは不明だが
場所を問わずに走行する技術なら、JR北海道が開発したDMVがよい例だろう。

「ぜつめつよび」
生き返らせたい生き物などの名前を写せば生き返る装置。
ドラえもんの道具にある「タイムふろしき」のように過去の時間に戻す技術が
必要になるかもしれない。さらにiPS細胞のような人体に関連する細胞生成技術が
さらに進化すれば、死生観等の問題を無視すれば死んだ人を甦らせるということが
可能になるかもしれない。つまりは不老不死の世界となるかもしれない。


「メガネメガネマイ」
「どんどん本だな」
「だれとでも話せるん」
共通するのは、自分の考える通りに見えたり、話したりなどの体験ができること
その装置に自分の意思を入力すると、自動販売機の缶ジュースのように出力される。
実はこれも近い将来には実現するかもしれない技術が提唱されている。これも展示を
一通り見ると分かってくる。


展示の奥に進むと現実世界ではドラえもんの道具の一部が実現するかもしれない
提唱されている技術がいくつか紹介されている。

「ブレイン・デコーディング」
「ブレイン・マシン・インターフェース」

自分が紙に書かれた「1」という数字を見たとしよう。
目から「1」という文字の形は脳に情報が伝達されるのだが、脳の中では「1」という
形そのままで情報が保存されるわけではないらしいことがわかってきている。
脳波から測定すると「1」にモザイクがかけられた状態で保存されるようだ。
脳波を読み取ることでこのモザイクを取り除き、元の「1」という情報を取り出すことに
高い確率で成功している。つまり人が考えていることを脳波を読み取ることでほぼ確実に
当てることが可能になりつつある。「ブレイン・デコーディング」と呼ばれている技術だ。

まだ実験段階だが、脳波を読み取る装置を使ってロボットに自分が思った通りの操作を
高い確率で成功させている。ロボットの右手をあげたいと考えると、その脳波が
プログラムの命令のごとく、装置を通してロボットに伝わるという仕組みだ。
これらの装置が「ブレイン・マシン・インターフェース」と呼ばれている。

まず日常生活レベルで浸透するだろうと考えられるのは、音楽プレーヤーや携帯電話を
頭の中で考えるだけで、聴きたい音楽を聴いたり、電話をかける
というのが可能になるかもしれない。タッチパネルすら不要な時代が来るのかもしれない。
「きもちぐすり」はそのカプセルの代わりに何らかの装置によって実現するかもしれない。

またこの技術に既存のインターネットや電子書籍の技術をうまく取り込めば、
「どんどん本だな」のようにいつでも自分だけの本棚を用意することができるだろう。
「メガネメガネマイ」や「だれとでも話せるん」についてはどんな装置になるのかは
想像もできないが、前にNHKで放映していたアニメ「電脳コイル」の世界に近いだろう。


「植物が放つかおり」

対してこちらは人間が生み出した技術ではない。はるか昔から自然界においては
当たり前のように存在していた事実をようやく人間が発見したに過ぎない。

人間から見ると植物は喋らない、と思われているが、生き延びるための知恵は備えている。

ある虫に葉っぱを食べられたとしよう。そのまま黙っていれば食べられるままになり
やがて葉っぱという葉っぱがすべて食べ尽くされてしまう。
植物自身ももちろん生きている。生きているからには身を守らなくてはならない。
どうするのか。その葉っぱを食べる虫の天敵を呼び寄せるかおりを放つのである。

少なくとも私は今まで想像したこともなかった。
植物は沈黙してただ変化する環境に耐えているものと思い込んでいた。
これだけ見ても自然界のシステムは実に巧妙に出来ているものと驚いてしまう。

若い人にしか聞こえない蚊の音を真似た高周波の音を発することで
コンビニなどでの若者による座り込み等排除に利用しているように、人が嫌がるような
かおりがこうした自然界の様々な植物から実現されるかもしれない。
「どこでもバリヤー」は鉄砲を撃たなくてもよくなるだろう。

ドラえもんの道具がどこまで実現されているか、という展示だけかと思っていたが
予想以上に面白かった。久々に小学校の理科の課外授業で感じたワクワク感があった。

展示の中には数々の開発されているロボットたちの紹介する映像も流されていたが
スーパー・マーケットでおばあさんと一緒に買い物をするシーンは浦沢 直樹の漫画
「PLUTO」のシーンを思い出した。


ドラえもん展だけで帰っても良かったのだが、折角だから常設展も覗いてみようと
上の階へと向かった。以前来たときと変わらず、訪問者が実際に見たり、触れたりする
ことで知識欲向上を重視した各展示は歩き回るだけでも面白かったが、ふと5階へ向かう
デッキから下を覗いてみると、地球シミュレーターから取得した地球の画像が写された
地球儀型の大きなパネルを操作しながら、スタッフがマイクで何か説明している。
しばらく話を聴いていると、地球温暖化の100年後についてであった。

大きなパネルでは100年後の地球が真っ赤に写されていた。
温暖化が進めば、今よりは確実に温度が上昇するだろうということはわかった。
そこでいくつか疑問が浮かんできた。ちょうどマイクでの説明が終わったようなので
そのスタッフの前まで行って質問をしてみた。

その質問とは次の2点

・南極や北極の氷河による冷却効果で温暖化は抑えられるのではないか
・オゾンホールによって熱が逃げることで温暖化は抑えられるのではないか

どちらもどこかで聞きかじった話を興味本位で訊いてみただけだが、
その女性はその質問を正確に理解しようと丁寧に咀嚼した上で説明してくれた。

氷河やオゾンホールによる温暖化抑制については、説明で使った大きなパネルの画像では
地球シミュレーターで温暖化のシミュレートする際に要素として含んでいるかは
その研究者に確認してみないとわからないという。
スタッフはそのシミュレートを実施した研究者ではなく、その研究者の視点も含めて
研究者と私のような素人との橋渡し役としてまた別の視点からも分かりやすく説明して
いるそうである。

が、さらに話を交わしていてわかったのはこの「コミュニケーター」と呼ばれる仕事は
単に分かりやすく我々に説明するだけではないようだ。説明したことに対して、
我々素人から質問にも出来る限りの回答をしていく役割も担っている。
だが、この「コミュニケーター」は新しく始まったものらしく、われわれのような素人が
積極的に質問できるようなな環境づくりに試行錯誤する日々を送っているようだ。

質問する人のなかにはその道の専門家もいるようで、どんな質問にも答えられる知識が
要求されるので、見た目よりも厳しいようだが、コミュニケーターのその女性を見る限り
やりがいに感じていることが表情に出ていた。


さらに上の階では宇宙に関する展示もある。

そこで改めて驚かされたのは、木は自然界を循環している資源ということだ。
わかりやすくいえば、今更ゴミを減らすだの、リサイクルだの、エコだのと
資源の循環型社会という名の経費削減が浸透してきているが、自然界ではとっくに
昔から行われてきたことなのである。知らないのはどうやら我々人間だけのようだ。

知らないだけでなく、それまで問題なく循環していた自然界から排出されるCo2の量を
人間が活動することで余計に増えたことが温暖化という問題に発展しているらしい。
先ほどのコミュニケーターとの質問もあるので、Co2排出量の増加が温暖化の原因に
なっているのかは疑問のままだが、バランスがとれていたCo2の量が乱れてしまった
事だけは確かだと思う。

木の分子を調べてみたら、石油の代替燃料としてだけでなく、Co2の排出量を増やさない
クリーンな燃料になり得ることが判明しているそうだ。だが、すごいのは人間ではない。
そのシステムを作り上げてきた自然界なのであるとただ感心するしかない。

すばる望遠鏡の模型展示を見ていると、横から若い男性のスタッフに声を掛けられた。
先ほどの女性同様に「コミュニケーター」と名札に書かれている。

すばる望遠鏡は日本で作られた望遠鏡だが、ハワイにある。
なるべく標高の高い山に設置することで観測の邪魔になる水蒸気等を回避する為だ。

いくつも望遠鏡が作られているが、重要なのはレンズではない。
観察する対象が遠い遠い星の場合、重要なのは光を集める反射鏡にある。

地球から遠い星ほど届く光が弱くなる。
届く間に宇宙に漂うゴミや地球上の大気などが邪魔をするためだ。
遠い星を観察するためにはその星が発する弱い光を少しでも集めて明るくする必要がある。
電波を受信するパラボラアンテナがそうであるように、御椀型に湾曲した反射鏡に
反射した光は一点に集中する構造で、強い光を得ることができるようになっている。

すばる望遠鏡が有名になっている一つに、その反射鏡の生産技術にある。
直径8.2mの鏡は一枚構成である。他の望遠鏡に見られるような何枚かの構成よりも
一枚の板を正確にパラボラアンテナ型にしてより正確に強い光を集めることができる。

一方ハッブル宇宙望遠鏡も有名だが、こちらは性能ではない。
すばるよりは性能が低いが、地球上に比べると邪魔する大気がない分だけより良い環境で
星を観察できる宇宙望遠鏡として有名である。

すばるが宇宙ではなく、地上で運用されるようになった理由はそのスタッフの話では
はっきりとはしないらしいが、すばるの性能とハッブルの観測環境が合わされば
観測に理想な望遠鏡ということである。

なぜより遠い星を観察しようとしているのか。

目的としては二つあるようだ。
ひとつは今も広がり続ける宇宙の最果ての世界を知ること。
ビックバン以降膨張しているというのが通説になっているが、地球からもっとも遠く
観測できているのは137億光年とのこと。今は137億光年よりさらに膨張しているだろう。
最果てに近いほど、宇宙が始まったころの情報が濃厚に存在するからだ。

次にその把握できる限りにおいて、我々の太陽系と同じような構成の系が存在を探すこと。
その手かがりになるのが、恒星や惑星となる。
前者は自身が光るため、その光を捕獲さえすれば発見が可能になるが
後者は地球のように自身が光るわけでなく太陽などの光に反射してようやくその存在を
確認できる。そのため、遠い惑星の発見には運に任せているという部分がある。

恒星よりも惑星の発見がより偉業ということになるが、我々の住む地球を含んだ太陽を
中心とする太陽系のような構成が他にあると仮定した上で発見しようとするならば
恒星、惑星の両方がより多く発見されることでその全体像を見出せる可能性も高まる。
太陽系と同じような系が一つでも発見されれば、我々と似たような環境の生物が住む
星を発見することにもなるかもしれない。

遠い星ほど光の波長によって赤く見える。七色の中で赤い波長は届く距離が長い。
逆に近い星ほど青く見える。青い波長は届く距離が短いからだ。

より身近に感じる現象としては夕焼けや朝焼け、日中の青空だろうか。
「レイリー散乱」と呼ばれる現象だが、太陽から届く七色の光の波長は地球上の大気に
よって影響を受ける。大気の存在する距離が長い朝と夕方は大気の影響を一番受けない
赤い光が届くために赤く見える。日中はその逆で青く見える。

その意味で虹が見えるというのは奇跡な気がする(笑)

国際宇宙ステーションを初めとする地球外での生活をする計画は地球の環境悪化に
実はもう手に負えないことがわかっていて逃げる口実としているのではないか、
という質問は、さすがに熱心に説明頂いているコミュニケーターの前ではできなかった。

すばるの説明をしてくれたコミュニケーターで宇宙の最果てに行くには現在の
人類が出せる速度ではほぼ不可能という話になったとき、光速を越えればというどうか
という流れから、有名なアインシュタインの相対性理論で登場する「光速度不変の定理」

光の速さが一定ならば、観測条件によっては観測対象がゆっくりと進んでいるように
見える、つまり時間がゆっくりと進んでいるように見えるという話について、
そのコミュニケーターはロケットとその中でボールを投げる例を使って説明してくれたが、
日本科学未来館を出てからなお、今も理解できるようで理解できていない。

2010年7月9日金曜日

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【三浦半島2DAYきっぷの旅 2日目】無人の要塞、幸せの黄色い電車



目が覚めたのは6時半。寝たのは0時を過ぎていたが
ホテルのバーで飲んだジンの酔いのせいか、よく眠れたようである。
折角の朝食券を無駄にしない為にも、早速一階のバーに向かう。
ビジネスホテルは大抵バイギング形式らしい。自分で料理することが
ないせいか、自分で選ぶこの方式があまり好きではない。


横須賀という土地柄、宿泊客も外国人が多く見られる。
メニューに外国人にも合うようにスパゲッティーやフライドポテトが
あるのは少し驚いた。朝食に味噌汁を飲みながら、スパゲッティーを
食べられる場所はきっと横須賀のホテルだけような気がする。
食後のコーヒーを飲んでから部屋で少しゆっくりする。

窓から下を覗くとホテルの従業員が国旗を掲揚する作業していた。
米国の国旗を先に日本は最後・・・。私の考え過ぎだろうか?
朝食は仕方ないにしても、せめて国旗掲揚には日本の主張が欲しい。



だらだらと部屋で過ごしたせいで昨日乗るのを断念した猿島行きの
第一便には乗れなかった。次の9時半の便に乗ろうと向かったが、
これも出発が少しだけ遅かった。結局10時半の便に乗る事に。

船乗り場へ行くとすでに何人か並んでいるが、華やいでいる。
それもそのはずで、女性の団体さんがいるからだ。
それに地元のテレビ収録なのか、カメラや三脚を持ったスタッフと
モデルと思しき若い女性も一緒に乗り込むようである。


船のスタッフもライフセーバーのような逞しく若い男性ばかりだが
船内へ向かう時の若い女性と野郎では反応が違うのは本能だから
仕方ないことである。(笑)





狙ったわけではないのだが、何故か操縦席そばの席が空いていたので
もちろん「かぶりつき」を堪能させて頂く。
乗車時間は10分程。猿島に向かって真っ直ぐ進むので、前方の島が
次第に大きくなってくる。

撮影をゆっくりと楽しみたいので一番最後に下船。
この島は戦争時の要塞や弾薬庫として機能し、今はその当時の
面影を砲台跡などで伝えている。1周をゆっくりと回って1時間半。
次の便までの間に回るには丁度良い広さの島である。




この島を出る最終便は17時。その後は無人島として管理されるので
当然人は誰もいない。乗り遅れたらどうするのか。



すぐに思いつく「海の110番」こと118番に通報するのではない。
海上保安庁ではなく、ちゃんと案内の看板が出ていた。
この看板横の階段を上がった売店にある緊急警告灯のスイッチをONにしてから
看板に書かれた連絡先に連絡すると、特別便でやってくるようだ。
ただし別途料金がどれくらいなのかは不明。乗り遅れてくれるなという警告である。


観光としてこの島が公開された当時は、どこでも同じことで
落書きをされる。後述の弾薬庫として使われた内部の壁もスプレーで
落書きがされ、自己中心的な表現さえできれば、家の白い壁だろうと
貴重な歴史遺産だろうとどうでもよい輩は大半いるようだ。



普段は施錠されている弾薬庫だが、丁度作業員が鍵を開けようと
していた。中に放置されている部材などを整理しにきたらしい。
何なく撮影の許可を頂いたので、作業の邪魔にならないように撮影。
さらに奥へ続いていたら面白かったが、作業員が言った通り袋小路。
昨日の京急の青い列車といい、今日の弾薬庫内部の貴重な撮影機会と
いい、何だかラッキーが続いている。旅に出て良かったのかもしれない。


客も大半が若い女性ばかりだが、もちろん出会いはなかった(笑)
そもそも当時の要塞としての痕跡、レンガ作りの重厚なトンネル、
砲台跡を蒸し暑い中を汗を流してまで歩き回ることには関心がないと
いうご様子である。このレンガ作りのトンネルが東京の地下にあったら、
是非撮影したいものである。

11:45発の便に何とか間に合い乗り込んだが、不思議な事に先程の
女性陣の姿は見当たらない。すぐに折り返しの便で帰ったのだろうか?
それとも後から砲台跡などを見に行ったのだろうか?
または船内で見たのは幻だった可能性もある。





それはともかく、歩き回ったばかりで汗だくには進み出した船からの
吹いてくる風は心地よかった。横須賀に戻ると正午。
昼ご飯を食べに三崎口まで京急に乗るため、ホームで待つ。
横須賀中央ではウィング号以外の通過はないはずだが、行先表示機には
「通過」の表示。回送列車でも通過するのかと思っていたが、
トンネルから出て来たのは見慣れない黄色い車体。


事業用車両である。
存在は知っていたが、実車を見るのは初めてだった。
幸いにもデジカメに電池を入れたままだったので、余裕で撮影ができた。
反対側のホームでも突然の珍しい車両の登場で撮影を逃してしまった
と不意を突かれた表情をしている人が幾人かいたようである。

今回の旅は何だかラッキーな事に何度か遭遇している。
あまりこうした事が続くと何かありそうで怖い(笑)

三崎口まで乗ったのは2100形。
もう少しでそのメロディも聴けなくなるという例のインバーター。
先程の幸せの黄色い電車は逗子方面に行ったのだろうか?
どうやらこちらの三崎口方面では見かけなかったようである。

三崎口では駅のそばでマグロを販売していた店員のおばちゃんに
近くでマグロが食べられる店を訊ねるとしばらく歩いたところに
あるらしいが、本日は定休日とのこと。
三崎港まで行かないといけないようである。


三崎港方面の京急バスに乗り込む。
京急バスの指定路線のみだが、実は例のきっぷで乗り放題なのである。
これで1600円なのだから、かなりお得で使い勝手がよいのだ。

バスに揺られること15分程。
以前バスで訪れた見覚えのある風景が見えてくれば三崎港である。
バスを降りてすぐに目に着いた「マグロらーめん」のノボリ。
前からちょっと気になっていたのを思い出しのである。
危うく(?)、マグロ丼に流されるところだった。


バスから降りてそのまま直進した店の名は「港楽亭」。
店に入るとエプロン姿の女の子がいた。お世辞にも可愛くはない。
学校の体操着のままでエプロンしているところから、学校帰りに
家業の店を手伝うとは大変だなと感心しつつ、そのたどたどしい動作で
水を持ってきて注文を訊ねてくるが、かなり大人しい。
あまり早口にならないように、こちらがゆっくりと言ってあげなくては
と気を遣わないといけないほどに動作が鈍い。

が、注文の品を持ってくるのはその子ではなく、奥の厨房で切り盛り
している夫婦の奥さんと思しき人だった。
目当てのマグロらーめんはスープにマグロの味が染みている。
普段食べている醤油ラーメンとはまた違った味である。

さて、らーめんを食べていると先程の女の子は奥さんと思われる女性
から何か言われた後にエプロンをはすし、カバンを持って店を出た。
アルバイトの子かと思ってその夫婦に聞いてみると、予想しない答えが
帰って来た。何とまだ中学生で学校による研修指導で来ているそうだ。

小さな頃から職業観を身に付ける重要性を耳にする中で
最近始めたものかと思ったら、この三崎港付近を含めた三浦市や
横須賀市の一部ではもう10年ほど実施しているそうだ。

先程の鈍い子は今日と明日の2日間の予定でこの店に来るそうだ。
マグロらーめんの味よりもこの事実に驚いてしまったのだ。
それに比べると我が地元は何と呑気なのだろうかと。

これとは別にB級グルメの話の流れで、9月に高島屋でこの店が
マグロらーめんのPRとして出展することになったそうで、
その他に我が地元から「納豆うどん」なるものを出すと情報が。
単に私が知らないだけだろうか、webで調べて見たが見つからず。
高島屋の情報もまだ公式には発表されていないようである。

納豆うどん 、秦野で検索してもそれらしい情報がないのだが、
私の検索方法に問題があるのかもしれない・・・・
思わぬ情報を得られたのは運がよいのかもしれない。

再度京急バスで三崎口へ戻るが、そこでようやく気づく事実。
久里浜からフェリーで千葉の金谷へ渡るまではいいが、浜金谷から
銚子に行ってもすっかり夜であり、銚子まで行ってしまうと列車では
日帰りできないというミス。折角購入した乗車券が無駄に・・・

ご利用は計画的に・・とは某消費者ローンのCMではないけれど
私のような性格は、きちんと計画しないとダメらしい。
少し考えれば行程に無理があるのは分かるものだが、この辺のユルさは
母親譲りなのかもしれない。母親には悪いが・・(笑)

三崎口へ向かう前に一旦京急久里浜で下車したが
JR久里浜駅では往復乗車券では「ゆき」「かえり」のどちら一方の
経路を変更することはできないために一旦払い戻して貰っていた。
そこで再び買い直す際に一呼吸おけば良かったのだが、よく考えすに
浜金谷から銚子までと銚子から横浜までを購入して今に至る。

つまり、フェリーで千葉に行かずに素直に三崎口から京急で帰れば
良かったのだが、すでに遅し。フェリーに乗って千葉の金谷側に
着いてからそうした事実に気づいたからだ。700円と時間の
大いなる無駄となってしまった。銚子に行ってもまた向こうで
宿泊する必要があるが、調べた限り横須賀のような比較的安価で
宿泊できるホテルはなそうである。ホテルに拘らないなら、
民宿だったり、ペンションだったりはあるのだが、部屋にバスや
トイレが無かったり、門限が決められたり、浴衣がなかったり、
クレジットカード利用不可などそれなりにいくつかの制約がある。



フェリーは夕日を浴びながら40分かけて金谷まで運んでくれる。
乗っている間の潮風が心地よい。東京湾フェリーは今年で就航50年。
その節目に近々運航から離脱する船があるようだ。
正直どれも同じで名前だけ違うだけに感じるが、「くりはま丸」が
7月上旬で離脱する影響で2船体制による運休が生じるようだ。
7月上旬以降、乗船する人はダイヤに注意が必要である。

そんなフェリーだが、金谷には定刻で到着。
時間的にはフェリーでまた久里浜へ戻ったほうが早く帰れるが
無駄に購入した乗車券を払い戻す必要を考えると何だか面倒になり
そのまま浜金谷から千葉方面へと列車に乗ることにしたのである。



17:30発の6両編成は先頭車両の前寄りが荷物用として使われていた。
東京から千葉方面への新聞列車が無くなって久しいが、まだ荷物業務は
この内房線でも活躍しているようだ。

途中の君津で後発の特急を待ち合わせ。
自由席特急券を購入するついでに銚子から浜金谷までの乗車券も
経路変更してもらった。経路変更の作業中に特急列車は行ってしまった
ようで、結局自由席特急券もその場で払い戻してもらった。

何度も鉄道に乗っているのにこれほどの無駄な事をしてしまうのは
長距離の乗車券を購入する機会があまりないのが大きいようだ。
中距離以上は思えば、「青春18きっぷ」のような企画乗車券で
旅行している事がほとんどだったのである。

銚子から横浜まで総武線経由の乗車券がどう考えても君津から使える
わけはないのである。全くお恥ずかしい限りである・・・
自由席特急券を購入する時にこの乗車券も経路変更してもらえば
ギリギリ乗り換えようとした特急列車に乗れただろう。
これも旅をするからこその貴重な経験と思う事にしよう。
「かわいい子には旅をさせよ」の意味が身を持って理解できる瞬間だった。

結局銚子行きは断念した形だったが、新車が運行されたらまた訪れたい。